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▲家族△ 【子どもに育てられたこと】


タイトル:子どもに育てられたこと
担当:舞原 惠美
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3年前の、ある冬の夕方のことです。
離れて暮らしている息子から電話がありました。
「明日、時間とれへんか。話したいことがあんねん。」

次の日、その頃私がやっていた英語塾の教室に来た息子は、生徒用の椅子に座ると、まっすぐに私の目に視線を固定しました。
それは私の心を射抜くような鋭い視線で、思わず身がすくんでドキッとしたのを覚えています。
緊張感の漂う、しかしゆっくりとした口調で息子は話し始めました。

「今から言うことは恨み言や。言うてもしゃあないのは分かってる。
今更どうしようもないねん。けど、言わずにはおられへんし、言わなあかんと思ってるねん。」

「これを言うのは、別におかんにけんか売ってるわけやないからね。
って言うか、関係をよくしようと思って言うねん。」

長い前置きに、なにやら深刻な話になりそうな雰囲気を感じた私は、ちょっとドキドキしながら、
「分かった。心の準備はできたから、はよ言うて。」

「うん。
あのさぁ。おかん、俺のこと、おとんの代わりみたいに思ってない?
俺な、しんどいねん。いろいろ頼られるの。ずーっとしんどかってん。」

「は?」

「は、やないわ。気ぃついてへんの?何でも俺に相談するのはもうやめてくれ。」

本当に驚きました。
私は息子とコミュニケーションを図ろうと、いろいろと自分や彼のことを分かち合ってきたつもりでした。
それが、彼にとってそんな負担になっていたとは夢にも思わなかったのです。

彼が3歳のときに離婚、それから20年間、ずっと二人で暮らしてきました。
もちろん、実家の両親や友達の支えがなければここまでくることはできなかったのですが、二人で一緒に頑張ってきたつもりでした。


それから息子は、あの時はああだった、この時はこうだった、と今までに辛かったことを話し始めました。

彼の話を聴いている途中、話をさえぎって「だって、それは・・・・・!」と、自分の言い分を言いたくなる衝動に何度もかられました。カウンセリングを学ぶ前の私なら、きっと即座にそうしていたでしょう。
私への怒りや不満、果ては蔑みの言葉を聞くのは胸がえぐられるようでした。
泣くまいと思っても、涙が湧き上がってきて止まりませんでした。
彼の話を受け止めようと聴いていても、そこから逃げ出したい思いで頭がいっぱいになり、話を聴けなくなるときもありました。

二番目に辛かった話は、彼が高校生の時の話です。(一番目はまたの機会に・・・)
その頃息子は朝、登校する時間になってもなかなか起きず、毎朝言い争いから始まりました。
「学校行くのはあたりまえやろ!自分の為やねんで! 勉強したくてもできない人もいるんやで!授業料も払てるねんで!はよ起きや!!」
「学校行かんで損するのは俺やねんから、ほっとけや!起きられへんもんは起きられへんのや。ギャーギャー言うな!」

そんな怒鳴りあいから始まり、私は捨て台詞を残して仕事に出かけます。
「もう、知らん。勝手にし!どうなっても知らんよ!」

彼はたいてい午後から登校していて、私はもちろん学校に保護者として呼び出されました。「子供をきちんと学校へ行かせられない母親」として、ただただ頭を下げ、謝るばかりでした。父親がいないからだと心理テストを受けさせられたり、カウンセリングを勧められたりしましたが、私は仕事で手一杯だと思っていて、時間を作ることをしませんでした。父親がいなくったって、私はちゃんとやっているというプライドもありましたが、同時にやっぱりダメなのか、という大きい不安に襲われました。


「昼からでも学校行ったんはおかんのためや。けど、ごっつ、しんどかってん。」
「あの時、なんで俺が学校へ行きたくないか、分かろうとさえしてくれてたら、俺は救われてたんや。」

その一言が胸に突き刺さり、心臓が破裂して壊れていくようでした。
息子は自分の精一杯を頑張っていたのに、私は本当には分かろうとしなかった。
「なんで行きたくないのか、言うてみ」と分かろうとするフリをしていただけでした。
こんな聞き方をされれば、責められているようで言いたくなくなるのは当たり前なのでした。

あの頃「学校は行くのが普通。当然のこと。行かないなんて怠けているだけ。」と考え、しかもそれが正しいと思い込んでいたのです。子どもをちゃんと学校に行かせるのが、いい母親だと思っていたのでした。それはしんどかったけれど自分のエゴを見なくていい、都合のいい言い訳でした。

今だからわかること、それは、
「息子が学校へ行きたくない気持ちをわかってしまったら、
→彼は学校へ行かなくなるだろう。→落伍者になってしまう。
→将来がダメになる。→そんな子どもを持つのはしんどい。
→学校へ行かないことを認めるわけにはいかない。

というエゴイスティックで偏狭な思い込みによる怖れと不安から、息子と向き合うことを無意識に避けていたのだと思います。

息子からの心の叫びをぶつけられ、恥ずかしくて、きつくて、いたたまれなかった。けれど、そのあと、きちんと思いを伝えてくれた息子への感謝の気持ちが湧いてきました。と同時にそれを受け止めることができるようになった自分を褒めてやりたい気持ちにもなりました。


過去の事実を変えることはできないけれど、それから何を学び、これからにどう生かすかは自分で決めることができます。それによって、過去の出来事の意味を変えることは可能なのです。

息子が本心で向かってきてくれたのは、私が聴く耳を持つようになったと感じてくれたからでした。
自分が変われば人も変わる可能性が大きくなり、関係性を変えることもできます。

今はお互いに分かろうとして聴き、本音が言え、不当だと思う要求にはイヤと言っても罪悪感を感じない、そんな自由で風通しのいい関係を築けつつあると感じています。とても楽になりました。
それはとりもなおさず、「完璧ではないけれど、間違いも犯すけれど、人にちゃんと向かい合っている自分」を信じられるようになったからこそだと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
この話が、少しでも子育てに悩む方々の役に立てれば、幸いです。
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by exkokoro | 2010-10-27 16:32 | 育児・教育 | Comments(0)

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