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私をカウンセリングに導いた出会い【コンプレックスあるところに可能性あり】


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【コンプレックスあるところに可能性あり】
担当:仁平 ゆみ子
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結婚生活とは、「夫の家族のこだわりの歴史」と「妻の家族のこだわりの歴史」が、ぶつかり合って作り出していくのものじゃないかなぁ~と25年の年月を経て感じます。
特に最初の10年。
お互いのコンプレックスがいろんな事件を起こしてくれました。

20代半ばで親になったとき、私も夫も心の中の未整理な部分に気付いていない子供のまま止まった部分のある二人だったように思います。

「こうあるべき」「こうありたい」「こうあってほしい」と自分自身にも相手にも強いこだわりと期待がありました。
そんな中での子育ては、楽しそうに振舞いながらも心の中は苦しくて緊張していたのです。

私にとって最も強いコンプレックスは、母親のこと。
尊敬ができない。言動、考え方が好きになれない。
母と同じようになってはいけない。
それなら母の逆をやろうと反面教師を徹底させました。
母と逆のこと・・・
人づきあいを丁寧にする、子供の友達、夫の友達、自分の友達を大事にする、夫の親戚との付き合いを避けない、旅行に行く、文学芸術に親しむ、料理に力をいれる、子供の教育に心を注ぐ・・
など数え切れないほど。
これだけのことを母のようにならぬよう必死に頑張ったわけです。

しかし親の欠点から自由になることは実際困難であり、知らず知らずの間に取り込んでしまっていることに愕然。
そもそも反面教師で頑張ることって、楽しくない。
物凄く疲れる。これで満足という感覚がないので、追い詰められるような緊張感が伴うのです。
こんなことに気付いたのも最近。
本当にやりたいことなのかどうか見極めるためには、やってて楽しいかどうか。心から楽しいぞ~、と思えるかどうか。

長男の子育ては、自分自身のコンプレックスと対決させてくれる絶好の機会でした。と言うと爽やかそうですが、とんでもなくドロドロの地獄の苦しみとしか言いようがありませんでした。

特に彼が思春期の頃4年間不登校の時期が最もつらい時でした。
重度の起立性調節障害という病気。
命に別状ないだけに肩身の狭い病と感じてしまった私。
今でこそ、引きこもり不登校の何割かがこの病気がこじれた結果と新聞に載るくらいですが、当時は医師ですら「ガンバレ、根性と気力を出しなさい」と励まされ、治療法も確立されていない現実に絶望。

数件目に出会えた主治医は、言いました。
「この病気を乗り越えるかどうかは、本人の夢があるかどうかと両親が仮面夫婦でないこと」
なんだか、医師というより怪しい占い師みたいで半信半疑なところに、
母親である私の話し方のテンポの速さを注意されたのです。「あなたの話し方は反応が速すぎます。もっとゆっくり味わいながら息子さんと話して下さい。この病気の子は辛いのです。」

びっくりしました。私の話し方??
反応が速いっていいことじゃないの???

実は、私は子供時代のんびり反応の遅い話し方にコンプレックス持ち、緊張すると馬鹿にされないようテキパキと話してしまう癖がついていました。

この医師の助言通りに少しゆっくり味わいながら話してみることにしました。
なんとなく、一つ一つ自分の中にわく感情を味わえるようなきがしました。不思議ですね。話し方だけなのに・・・何かが小さくすこしづつ変化していったように思います。
あれから7年、長男は夢に向かってチャレンジ。
じっくり彼自身の人生を歩んでいます。

自分のコンプレックスと対決するということは、名前を付けて知的に解決すると言うよりは、家族や周りの対人関係で勃発する事件に真摯に向き合うことなのかな、と感じます。

何となく息苦しくて、イライラしてしまう関係、モヤモヤする気持ちから目をそらさず、悩み考え続けること、感じていくこと、葛藤することは、自分自身の持ち味に磨きをかける可能性に満ちています。

今、母親に対する気持ちが大きく変化したことに気がついて心からの幸福を感じます。長い旅でしたが、母親への反面教師の旅からは自由になってきたな~、と。

悪者、邪魔ものにされがちなコンプレックス、そこには限りない可能性があることを実感しながらカウンセリングをしていきたいと、しみじみと思う私です。
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by exkokoro | 2010-07-21 11:51 | カウンセリング | Comments(0)

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