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マルだけの世界との出会い


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【マルだけの世界との出会い】
担当:舞原 惠美
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ものごころついた時から、ずっと「なぜ」「どうして」を発し続けていたような気がします。
「なんで寒くなると木の葉は落ちるの?」
「なんで花には赤や黄色やいろいろな色があるの?」
「なんで水にぬれると色が変わって見えるの?」

いつも散歩に連れて行ってくれていた祖母は
「いちいちうるさいなぁ、この子は。なんでなんでって。どうでもいいことばっかり!」

「なんで足でドアを開けたらあかんの?」
「なんで歩きながらアイスクリームを食べたらあかんの?」

父は怒って、「理屈ばっかり言うな。はい、って親の言うことを聞いてたらいいねん!」

いつもいつも大きなペケをもらいました。
それでも止むことなく発し続けられる問いは、だんだん表出されることはなくなり心の中にただただ積もっていきました。疑問を持つことはいけない行為なんだという自己否定の重さとともに。

学校に行くようになると、私の「なぜ」は一気に認められ解放されました。勉強は「問い」と「答え」の連続ですから、思いっきり「なぜ」に取り組めます。
けれども、ここでもまたペケが待ち受けていました。算数などはいいのですが、国語や社会などは、自分の意見と「解答」とされているものが一致しないことのほうが断然多かったのでした。「なぜ」違うのか、先生の説明を聞いても分からず、なんだか自分の思ってることに確信が持てなくなっていきました。

中学、高校と、私の思春期を表わすには「孤独」の一語で事足ります。表面的な付き合いは如才なくできてしまうので、日常生活に支障をきたすことはありませんでしたが、人と一緒にいるのが苦痛でした。人と話しているとどうしても「なぜ」と問いかけたくなります。そして、それは人にとっては鬱陶しいことであり、距離を作るものなんだと、何度かの経験から思い込むようになりました。
私は「なぜ」を封印しました。心の中でさえ、湧き出てくる問いを無視するようになりました。

「いちいち関わりあってたらやっていけへんし、周りともうまくいかんのよ」
こうやって、早○○十年、自分の純粋な気持ちを押さえ込んでいたということですよね。

表面的な人間関係に慣れてしまった私は、あまり深く考えず結婚し、そこで「人生なめたらあかんぜよ」という体験をさせてもらうことになります。

それは息子のごはんを作るため卵を焼いていた時の事。ふいに、どうしても無視できない、いくら考えないようにしようとしても心にのしかかってきて離れない「なぜ」と出会ってしまいました。
我が子の世話をすることに喜びを感じていない自分がいました。ご飯を作るのも勉強をみるのも、やっつけ仕事としてやっている事に気づいてしまいました。煩わしい。面倒くさい。
息子が幼い頃は、いくら世話が大変でも、その大変ささえいとおしく思えたのに。

最愛であるはずの我が子より自分のほうが大切だと思う私は、人間として欠陥があるのではないかと真剣に悩みました。それまでは、人と深くつながることを諦めていたために、そんなに悩むこともなかったのです。本を読み漁りいろんなセミナーにも出たりもしました。けれど、自分は足りない、できていないという罪悪感は強まるばかりでした。

そんな頃、あるセミナーで知り合った方からカウンセリングを受けてみないかというお話を頂きました。私はその方をとても尊敬していましたので、二つ返事で決めました。その時はまさか自分がカウンセラーになるとは思いもよりませんでしたが、なぜか、今までの「問い」の答えが見つかるような、根拠のない期待に胸がふくらんだのを覚えています。

さて、実際のカウンセリングでの体験を言葉で表現するのはとても難しいのです。ちょっと抽象的になってしまうのですが…。

今までの「問い」の全てに、答が見つかったというよりは、マルをもらったという感じでしょうか。そういう「問い」が出てくるのも当然です、と受け止めてもらえ一緒に考えてもらえた体験で、初めて私自身が私を受け入れられる実感を持てたのでした。「問い」=「私の輪郭」(他との境界線)であって、どんな自分でもマルをあげられると、「問い」自体が落ちてなくなっていく、と体感した経験でした。そして、人は人で癒されるという事。

いろんな事を考え続けることはできる。多くの理論や仮説を立てることもできる。けど、そんな問答は丸ごとそっくりただのうわごとにすぎない。「生」と直接結びついたなら、もう「問う」必要はないのだ、そんな満たされた思いを初めて持つことができました。

なぜ私は子供を一番大事にするよい母親ではないのか」という問いが落ちた私は、手を抜くことにもマルを出せるようになりました。こうして、まだまだ波風は立つにせよ、基本ご機嫌でハッピーになった天然ママは、息子とも笑って話せるようになり、以前よりはうんと好かれるようになりました。(どんだけ嫌われてたんだか…)

こうして改めて俯瞰してみると、ペケがあったからこそ悩み、悩んで答えを求めたからこそ素晴らしい人々との出会いがあり、そしてハッピーな今があるんですね。そして、アンハッピーを知っているからこそ今の有り難さも分かります。

一見ペケでも実はマル。この世はマルで満ちている。何を選ぼうと、それは自分のマルだという責任を持って生きること。言い換えればもともと全てマルだけれど、マルを維持するのは自分にかかっている、ということです。そして、もっといいマルがあれば選びなおすのもいい。そこにはなかなか厳しいものがありますが、全部マルだという安心と、取り組む勇気をサポートするのがカウンセラーだと思っています。

マルしかない世界へのナビゲーターという重大な役目を肝に銘じ、襟を正して努めようと日々決意を新たにしています。
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by exkokoro | 2011-07-14 11:43 | カウンセリング | Comments(0)

発したものは、何であれ返ってくる


タイトル:発したものは、何であれ返ってくる
担当:樹 真穂
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久々にけがをしました。
今私の右足には、ばんそうこうが4枚貼られています。

朝から大きなトラックが近所にやってきて、何の工事か分かりませんが、長い時間、騒音をたてておりました。
騒音と排気ガスが入ってくるから、朝からエアコンをつけなきゃ、
なんて思い、ちょっとイライラモードの私。

玄関の階段にちょっと出たとき、足をふみはずして、思いきりすりむいてしまいました。
鮮やかな血がパーッと吹き出してきました。
ひゃー、痛い。
イライラが自分に返ってきたよ、こんなにすぐに。
と私は思いました。

早いです。原因と結果は時にすぐに出ます。
発した思いは、それがポジティブであれ、ネガティブであれ、とにかく自分に返ってきます。

そうか。
痛い思いはしたけれど、このことを改めて自分の胸に刻む必要があったのだなと思う出来事でした。
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by exkokoro | 2011-06-28 17:22 | 心とからだ | Comments(0)

大切なものを失われた方へ


タイトル:大切なものを失われた方へ
担当:長谷川 さとみ
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今回の大震災で、家族や友人、知人など
大切な人をいきなり亡くされた方、
また、家や学校、会社など町ごとが一瞬で
流されてしまい被災されておられる方々、
心よりお見舞い申し上げます。


実はあの日、私は関東のある場所にいて
激しい揺れを体験してしまいました。
交通機関はストップし、大阪に帰れなくなり
ある施設で夜明かしをすることになりました。

そのときは、まさか『戦後最悪の自然災害』
と言われるほどの事態になるとは
思ってもみなかったのですが…

すでに一ヵ月が経過して、復興に向け様々な取り組みが
行われていますが、未だに大きな余震が続く中
被災地の皆さんの身体的、精神的負担は
計り知れないものになっていることでしょう。


大切な家族を、友人や知人をいきなり失ってしまったとき

「何にも悪いことしてないのに、どうして…」
「何故、自分は生き残ってるんだろう…」

こんな思いで生きていかなければならない事実が
重く重く自分にのしかかってくるのではないでしょうか。

ある日のTVニュースでは、家族を亡くされた方が
「うそだ、うそだー」と叫びながら
その場に崩れる姿が映し出されていました。

私も同じことを叫びながら崩れ落ちたことを
思い出し、とても胸が苦しかった。

突然主人を失った時、どうかうそであってほしい。
悪い夢であってほしい。
時間が戻ってくれたら・・・

そう、思わずにはいられませんでした。

その方は、「もっと早く通報していたら助かった?」
「私のせいなんだ…」と、
ドクターに訴えるように聞いていました。

ドクターは、
「通報が早くても間に合わなかったと思います。」
辛い言葉を苦しそうに伝えていました。

自分を責める気持ち、
「もっと早くこうしていたら…」
「自分が助けられなかった…」

こんな自責の念が自分自身を縛りつけて
生きていることが苦しくてたまらないのです。


最近の新聞ではご遺族の方が当時の辛い体験を
振り返っておられる記事を目にします。

苦しくて、思わず涙が流れますが
どんなことがあったのか、私も知る必要があると思い
記事を読んでいるのです。

世間では、一日も早い復興をと盛り上げています。
『みんなで力を合わせてがんばろう』

それが大事なことだと、わかっています。

立ち止まってはいられないことも、
がんばって生きるために前に進むことも、
頭ではちゃんとわかっているんです。

でも、
一瞬で大切なものが奪われた喪失感。
どこにもぶつけることが出来ない悔しさ。
何も出来なかった自責の念。
目に見えない原発に怯える不安。

まだまだ収まらない気持ちがたくさんあるでしょう。

周りが復興に向けて動き出しても
どうにもならない気持ちを抱えたまま
何だか自分は取り残されたように感じてしまう、
こんなことはないでしょうか。


今はまだ、そんな気持ちを抑え込まず
叫びたいだけ叫んでいい。
泣きたいだけ泣いていい。
と、私は思います。

がんばらなくてもいい。
強くならなくてもいい。

何故なら、
人は誰の中にもがんばれる強さがきっとある。

歩き出すことを自分で選ぶ、
そんなチカラが自分の中から
じわじわと湧き起こってくる『そのとき』が
きっとくると、私は思っています。


ただ、『そのとき』は人それぞれ違うのでしょうが…

だから、どうか抱えきれない気持ちを
聴いてあげてほしいと思います。
ただ、黙って聴いてもらえるだけでいいのです。


【大切なのは人間の命、それさえあればいい】
新聞で掲載されていた被災者の方のお言葉です。

どうか、どうか諦めないでほしいのです。
あなたの『そのとき』はきっとくる。

泥まみれになった思い出のかけらたちを集めて、
亡くなった大切な人の分まで生きようとする
『そのとき』がくることを私も信じて
応援させて頂きたいと、心から思います。

温かい家でご飯が食べられる自分は、当たり前であって
当たり前ではないことを胸に刻みます。


毎日のように続く余震、長期化する放射能の危険。
まだまだ深刻な状況が続くようですが、
被災地の皆様の
心と体が健康に保たれますよう、お祈りいたします。
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by exkokoro | 2011-04-16 13:18 | 東日本大震災 | Comments(0)

痛みよさようなら


タイトル:痛みよさようなら
担当:長谷川 泰三
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今回は私自身のセラピー体験をお話ししましょう。

私自身が12年前にカウンセリングしてもらったときの話しです。

私達の心と身体は大き く影響しあっています。

カウンセリングをしていると心の問題が身体の問題になって出ている場合が多くあります。

今回のテーマは「痛み」と心についてです。

私は20年前に交通事故 で脊髄を損傷し、それが原因で両足がマヒして車椅子に乗っています。

当時の私にとっては、車椅子の生活をしなければならないことはとても大きな問題だったのですが、実は問題はそれだけではありませんでした。

その後、私は「死ぬほ ど痛い神経痛」にずっと悩まされることになったのです。

その神経痛は10日に1 回くらいの間隔で私の右足を襲いました。

一度痛くなってしまうと、どんなに強い痛み止めでもその痛みを抑えることはできません。叫び声をあげるような激痛が丸一日は続きます。

車椅子の生活には時間とともに慣れることができたのですが、この「神経痛」の痛みには慣れることはできませんでした。

いつ襲ってくるのかわからない神経痛、それはまるでいつ爆発するのかわからない時限爆弾を体に抱えて生きているような感じでした。

最初はこまめに病院に 通い、神経痛に効くと聞けば色々な治療法も試してみましたが、効果はありませんでした。

大量の痛み止めを持ち歩き、痛みがおきそうになると持っている痛み止めを全部使い果たす。それでも痛みはおさまりませんでした。


「病院なんて行ってもしかたないし…どうせ治らないんだ!」


病院へは薬がなくなっ た時に、痛み止めをもらいに行くだけになりました。

私は捨て鉢になっていました。

私にとって痛みを治すことをあきらめるということは、同時にたくさんのことをあきらめるということでした。

旅行先で神経痛が襲ってきたらどうしようと思うと旅行にも行けません。

デートは?仕事は?何もできなくなってしまう、という恐怖は言葉にはできないくらい大きなものでした。

その恐怖が私に大量に痛み止めを使わせました。

薬の副作用で体はガタガタになり、内臓にも悪い影響がではじめました。

「長谷川さん顔色悪いよ」と言われることが多くなり、周りの人もずいぶん心配してくれました。

そんなある日お世話に なっていたカウンセラーが私が苦しんでいることを知り電話をかけてきてくれました。


「そろそろ神経痛のセラピーを行ってみませんか?」

「せっかくですがセラピーで治るとは思えないんです」

「そうとも限らないよ」

「色んな所に行ってみましたが、全然だめだったんです」

「でも、心理療法はまだやってないでしょ?」

「ええ」(あまりにも激しい痛みのため、心理療法で治るとはそうなんて考えもつきませんでした)

「本当によくなるんですかね」

「心の力って案外すごいものだよ」


カウンセラーの言葉に 半信半疑ながら、面談カウンセリングをお願いしました。

数日後、カウンセリン グルームに出向いた私は正直に気持ちを話しました。


「あまり期待はしていないのです」

「どうしてですか?」

「期待してダメだったことが多かったもので」

「裏切られることが多かったんですね」

「そうです。だから期待しないようにしているんです」

カウンセラーはカウンセリングの中で神経痛の痛みのつらさや、それを抱えているためにどこにも行けなかったこと、いつ襲ってくるかもしれない痛みに対しての不安などを根気よく聞いてくれました。


「もう死にたいって思ったことが何度もあるんです」

「それは辛かったですね。その足がそんなに痛むのですか?」

「こんな足なんか切って捨ててしまいたいって思いました」

「でも、その足はあなたの一部なんですよ」

「でも憎い!でも憎い!こんな足なんかなくなってしまえ!」


私は自分の右足を叩いていました。

しまいには涙が出てきて止まらないようになり、ワンワン泣きながら力いっぱい右足を叩きました。

この足が悪い!この足が私を苦しめる!まともに歩くこともできない上に私をただ痛めつけるだけの足なんか切り落として捨ててしまいたい!

その時、カウンセラーが私に意味不明なことを言ったのです。


「長谷川さん、もしそんなにひどい痛みをあなた自身が望んでいたとしたらどうしてだと思います か?」

「そんなことは絶対にないです。 あるはずがない!」

「あなた自身も気付いていないかもしれませんが、その痛みに目的がある
としたら....」

「私はあなたの言っていることがよくわかりません!」


私は怒りをカウンセラーにぶつけました。

この人も私のことを分かってくれない!私自身が自分の足を痛めつけてるだなんて、そんなことあるはずがない!


「長谷川さん、もっと以前、子供の頃に大きな病気やケガをしたことはありませんか?」

「子供の頃は小児ぜんそくにかかっていましたけど....」

「小児ぜんそくですか。どんな時に発作が起きたか覚えていますか?」

「あまり覚えていません。小児ぜんそくと神経痛は関係あるんですか?」

「はい、多分関係があると思いますよ。少し子供の頃のお話しを聞かせてもらえませんか?」

「子供の頃のことですか....」


私はそれまで、あまり他人に子供の頃の話をしませんでした。

思い出すと嫌な感じがして、またあの時代が戻ってくるような気がしたからです。

4才のときに両親が離 婚したこと、親戚や母親の友人に預けられていたこと、母親の再婚、新しい父親とうまくいかなかったこと、小学生の頃からアパートで一人暮らしをしていたこと、ずっと寂しかったこと…そんなことを話していると涙が出てきてしかたありませんでした。


「ずっと寂しかったんですね」

「…」

「長谷川さんの痛みの原点を探すためにやってみたいことがあるんだけどいいかな?」

「どんなことをするんですか?」

「心が持つイメージの力を借りるのです」

「イメージの力ですか?」


私はベットに横たわり目を閉じました。


「長谷川さん、今、足は痛くありませんか?」

「少ししびれが強くなってきました」

「他に痛みを感じる部分はありませんか?」

「胸の部分が少し」


私はそう言いながら「足と胸(ぜんそく)」が関係しているかもしれないと思いました。


「では、それを感じていてください。感じながら何か思い浮かぶものはありますか?」

「子供の頃…多分4才の頃に住んでいた家だと思います」

「誰かと一緒にいますか?」

「いえ、一人でいます」

「その子は一人で何をしていますか?」

「せきをしています」

「では、そのせきをしている4才のあなたの気ちを感じてみてください」

「はい…とても不安で寂しい感じがします」

「その子は何か言いたがっていませんか?」

「はい。でも我慢しなきゃいけないって思っています。だんだん足が痛くなってきました」

「その子は何を言いたがっていますか?」

「助けてって言うのを我慢してます」

「その子に言ってあげてください“我慢しなくてもイイんだよ”って」

「ダメだ!言っちゃダメなんだ!お母さんが困るから…足が痛い!痛い!う~痛い!」

「長谷川さん、助けを求めてイイんですよ!言ってあげてください。その子のために“助けて”って言ってあげてください」

「うー痛い!痛い!痛いー!お母さん助けて」


気がつくとカウンセラ ーが私の足をさすってくれていました。

そしてもう足の痛みは消えてなくなっていました。

あなたにとって『痛み』というのは助けを求める声だったんですね

「確かに私は母親に助けを求めない子供でした」

「なぜだったか分りますか?」

「母親が困ってしまうような感じがあったからです」

「やさしい子供だったんですね」

「母親もがんばっていましたから、私ができることは『がまん』くらいしかありませんでした。助けを求めちゃいけないと思っていたんです」

「子供のころは喘息の発作... 大人になってからは神経痛... 長谷川さんが辛くて助けて欲しいとき、そしてそれを我慢したときにそれがおこるみたいですね」

「たしかに、そうですね」

「簡単にいえば助けを求めない分、足が痛くなるということです」

「はあ、ということはちゃんと助けを求められれば神経痛がなくなるということですか?」

「そうかもしれません。どうですか、やってみる価値はありませんか?」

「ええ、それで神経痛が治るのならやってみたいと思います」


このカウンセリングをきっかけに、足の痛みは私を苦しめるものではなくなりました。

何よりもよかったことは、周りの人達と深くつながることが出来るようになったことです。


「神経痛よありがとう!私に助けを求めることを教えてくれて、ありがとう さようなら」
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by exkokoro | 2011-04-13 19:45 | 心とからだ | Comments(0)

本当にネットでの恋愛でゴールインしていいのか(2)【決断】


タイトル:本当にネットでの恋愛でゴールインしていいのか(2)【決断】
担当:舞原 惠美
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【今回の視点】決断


まず、今回のテーマのような疑問が湧いてくるというのは、ネットでの出会いに対して、
なにか胡散臭いのではないかという不信感があるからだと思われます。

確かに、今はかなり普及してきているとはいえ、インターネットを通しての出会いはまだまだ
「ちょっと怪しいもの」「普段の生活の中で出会いのない人が利用するもの」というような 
ネガティヴなイメージを持っている人も少なからずいるかもしれません。

しかし!ここできっぱり言いましょう。
出会いのきっかけがなんであれ、素晴らしい相手にめぐり合う事は可能だ」と。

どうしてこんなに確信をもって言えるのか、・・・


それは私自身の実体験に基づいているからです。
実は私、この4月に、姉妹サイトとも言える「エキサイト恋愛結婚」でめぐり合った方と結婚いたします。

そこで、結婚という決断をするに至った過程における考察をみなさんとシェアーしていく事でお役に立てると
思い、恥ずかしながら公開いたします(^_^;)



ネット恋愛では、出会う人の数が多い分だけ選択肢も増えるということですから、よりよい選択ができる
可能性もアップ。ネットを利用するメリットでもあります。

しかし、ここで大切なことは、プロフィールやメールを通しての情報の真実性を確かめることです。
「配偶者がいるだけでなく子供までいた」「大きな借金があった」「たしなむ程度と書いてあった飲酒は、
毎晩一升瓶を空けることだった」「実は暴力癖があった」など、自分にとって重要な事柄については
よくよくチェックしましょう。

実は、これはどんな恋愛であっても同じです。
ネット恋愛が違うところは実際に会う前に情報が与えられているということです。それで油断して
その情報を鵜呑みにするのはマズイ。
信頼できるサイトでは、ほぼそんなことはありませんが、ここが「ネット恋愛を信頼してもいいのか」と
疑問の湧き出るポイントでもあります。
手軽に出会える分、その後のチェックに時間とエネルギーを回せば、異性を見る目を養う経験を積む場にも
できます。



いったんお会いした後は、「その人をよく知ることは自分の責任である」と心得、しっかり観察しましょう。
いくらカッコつけてる人でも、反対にワルぶってる人でも、四六時中仮面をつけていることはできません。
どこかで「素」がポロッと漏れたり、にじみ出たりするもの。それを見逃さないようにしなければね。


そうして、ある人のことが気になり始め、もっと知りたいと思い、会いたい、会ってもっと話がしたいと
思うようになる。そして、相手も同じ気持ちであると分かれば、互いに誘い合ってデートを重ねる。
楽しい時間が積み重なっていき、もっと長く一分でも長く一緒にいたいと思い始める。
一生を共に歩んでいけたらなんて素敵なんだろう。

そんな熱い感情が恋愛の醍醐味ですよね。
でも、結婚が恋愛の延長上にあるとはいえ、その情熱の維持を結婚の目的にしてしまうと、これは
疲れるだろう、と思うのです。たまのデートという特別な非日常だからこそ燃え上がる気持ちを、毎日
暮らしを共にする人との間で維持していくのは至難の業だとは思いませんか。

いや、もちろん「ゴールインしていいのか」なんていう悩みが頭をかすめることもなく、この人と結婚したい!
と思えるのなら、とっても素敵です。
しかし、迷うようなら、もう一度サイトを利用しようと思った原点に立ち戻ってみましょう。
恋愛の甘い陶酔感を求めていたのか、これから生涯生活を共にするパートナーを探していたのか。
後者だとすれば、現実を見極める冷静な頭を持たなければなりません。結婚を考えるなら、陶酔感に
水をさすのを怖れずに、納得のいくまでしっかりチェックすることが肝心、肝要。声を大にしてオススメします。
チェックするに際しては、この特集の「嘘が見え隠れするとき」でカウンセラー陣が提唱している方法なども
ご参照くださいね。


では結婚を決断する時のポイントは何かというと、私は「その人と一緒の、望ましく現実味のある
未来予想図がどれだけ明確に描けるか」という点ではないか、と思っています。

それにはまず、自分がどう生きたいのかが問われます。何が満たされれば幸せだと思えるのか。
自分が大切にしているもの、生き方が定まっていなければ、相手に何を求めるのかだって分かりませんよね。

もちろん、自分の求めるものを相手が何もかも満たしてくれることを期待するのは現実離れした
ムシのいい話ですから、自分の「これだけは譲れない」という点が何かを知るといいと思うのです。そのとき
初めて判断の基準がはっきりしてきます。


ここで、私事を少々話させていただきますと、

私が「結婚したい!」と思ったのは、「抜き差しならない関係」が欲しいと思ったからでした。
振り返れば、幼い頃から人とは心地よくいられるだけの距離を置き、嫌になれば離れるという関係を
無意識のうちに繰り返していたように思います。
それが悪いとは言いませんが、最初に通用しなくなってガツンと食らわされたのが子育てです。



子供はいくら嫌になったって放っぽり出すというわけにはいきません。何度も何度も瀬戸際に立たされ、
その度に真剣に向き合い火事場の馬鹿力を出すことを余儀なくされ、「お、できた」と快感を覚えたりも
しました。
人をとてもとても大事に思うとはどういうことか、を学びました。おかげでちっとはマシな人間になったとも
思え自信を持つこともできました。

それに味をしめたとでも言いましょうか、深い関係というのは、しんどく痛い思いをしても余りある価値のある
こと、新しい自分を開拓できる土壌だと思うようになり、異性との間にそれを築き上げたいとの野心(?)を
持つようになったのが動機です。

一度目の結婚では、二人とも若く、お互いに本音で向かい合う勇気がなくて逃げた結果の離婚でした。
今度夫になる人は、どっしりと構えしっかりと向き合ってくれます。「こんなこと話して嫌がられないかなぁ」と
思うようなことでも、真剣に取り上げ、考え、自分の意見を言ってくれます。言いにくいことでも相手の
ためになると思えばきちんと伝え、ごまかすようなことはしません。



情が勝つ私は、かちん、と来ることもままありますが、彼は非常に冷静で現実検討能力が高く、言うことが
当を得ているので、たいていは私が「ほぉ~」と納得して終わります。自分にない視点を提供してくれる
というのは、私にとって強烈に惹かれ尊敬するポイントです。

こんなに真面目で正直な彼ではありますが、日常生活に関してはとっても寛容です。
仕事ではピシッとして妥協を許さず厳しいのに、家ではインスタントラーメンを鍋からそのままズルズルと
啜ろうが、3日間同じ献立であろうが、足の踏み場もなく物が散らかっていようが意にも介さない。「人間、
埃では死なない」と言い切る人です。


だから私も気楽で居られる。昼までグータラ寝てもいられる。仕事をしたい私にとってこれらを気にしない
ルーズさは必要不可欠なのです。完璧を求める傾向の強い彼がここまでのいい加減さを身につけるには、
理解に基づいた相当な修練を要したはず。そして、その通りだと知ったときに、頭の中に彼との未来予想図が
鮮明に浮かび上がったのでした。


自分の欲しいものを知っていると決断できます。それも、自信を持って「自分で決めた」と言えるのです。
「自分で決めた」という意識が強ければ強いほど、結果に対して責任をもとうと努力する力が湧いてくるので、
描いた未来が現実になる可能性が高まります。いろいろな事が変わってうまくいかなくなったときも、それを
思い出せば、初心にかえってまたやり直せるかもしれません。


さて、ここで、もうひとつ。
一見矛盾したことを言うようですが、いくら慎重に考えても実際のところは「やってみなくちゃわからない」・・・
これにつきます。

結婚は一生ものの賭けと言っていいでしょう。
何でもそうですが、決断と言うのはどんな結果になろうと引き受ける覚悟で、「えいっ!」とやるしかない。
その決断がよかったかどうかは、この世を去るときにしか言えないのかもしれません。けれども、よかったと
言える決断にするかどうかは、その後の私たち自身の生き方にかかっているのです。

私だってこれからどうなるか分かりませんが、思い通りにいってよし、思い通りではなかったとしても
そこから学んでよし。人生に失敗などなく学びがあるだけだと思えば、決断する怖さも
やわらいできませんか。

だから怖がらずにネットのような便利なツールを利用するのもよい方法のひとつだと思いますよ。
ひょっとしたらネット回線のその先に、人生を共に歩く人が待っているかもしれません。
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by exkokoro | 2011-03-29 17:14 | 恋愛 | Comments(0)

人によって態度が違う


タイトル:人によって態度が違う
担当:夏川佳子
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仕事場や、友人、地域環境で、疎まれることはありますよね。
時には、自分の知らぬところで、思わぬ評価を受けていたり、ウワサで痛い目にあったり。
ウワサは対処するのは大変です。

私もですが、最近、友人を通して、別の友人が「あの人は、人によって態度が違う!」と憤慨して私のことを言っていたとウワサを聞きました。

それを聞いて、私は「へー面白い」と思いました。

自分は何も変えていないと思っているからです。顔色うかがって、相手に合わせて意見や信念を変えるようなことはないのです。

だから、この様な印象を持たれたことに大変興味を持ちました。
どんなことに腹をたてているか、
態度が違うと感じた行動はどれのことなのか、
その時の彼女の状況はどうだったのか、
そう判断する基準はどんなものか、
態度が違うことは彼女にとってどんな意味があるのか。

さらには、その人はどんな生き方をしてきたか、まで興味が出てきます。
究極には、その事実さえ本当かどうか知りたいくらいです。

「陰口をたたかれている」と知ると、マイナスの気持ちが出てくるのが一般的でしょうか?
中には、ウワサされた立場の方が罪悪感で接触を最小限にとどめてしまったり、極端に避ける人もいるかもしれませんね。

私は心理カウンセリングをしているからなのか、どうして、その様な思いや感情が沸き起こるのか興味の方が先行してしまいます。
なので、ウワサの内容もしっかり聞きました。
ウワサを伝えてくれた人も、喋りたい様子で、こちらが何も言わなくても、どんどんしゃべってくれますからね。

沢山しゃべってくれても、要は「人によっていうことが違うから、丸呑みせず、話半分にしたほうが良いと思っているらしい」という内容のようです。
内容からは、私のどんな行動が原因だったかは不明でしたが、誤解をされた理由に思いつくところがありました。

一つは、カウンセラー気質が出ている時もありますから、相手の話を否定せず、ひたすらフムフムと聞いているため、迎合する人と思われている可能性。

二つ目は、ウワサを伝えてくれた友人と、ウワサをした友人は、表面的には仲が良いが、ライバル意識をお互い持っているのため、私がどちら側なのか明確にした付き合いをしていないこと。

三つ目は、ウワサを伝えてくれた友人との話題と、ウワサをした友人との話題が極端に違うため、二人が見ている私の像が違う。

四つ目は、ウワサを伝えてくれた友人は何でも事前に聞いてくるが、ウワサをした友人は何でも事後報告のため、意見を述べるチャンスが私に与えられていないことが多いということ。
それゆえ、決定した事柄に対して、決定権を持っている人へ私が問題指摘をするため、陰でコソコソうごく人と思われている可能性。
など、です。

こんなウワサは、どうでもいい程度ではありますが、あまりにも邪魔くさくなる時がきたら、自分では対処できることは、しなければいけないかもしれません。

この中で、対処できることは、いくつかあるようです。
三つ目の話題に関しては、変えようが無いですし、同じ話題をしたくはないので、対処できませんが、一つ目の迎合していると思われる聞き方に少々工夫をして、私の意見では無いと、はっきり毎回言うこと。

二つ目のあやふやな態度と映っている姿勢は「どちらかに、所属した生き方は考えていない」ことを伝える。

四つ目は事後報告はやめて欲しい旨をすでに伝えて、さらに事前相談をしてくれなければ、権限者に決定内容に対する意見を述べる考え方をしていると伝えておく。

相手次第の理由は、どうしようもありません。

でも、自分ができることを明確にして、できる範囲はやっておいたほうが、事を大きくせずにすみます

ぜひ、皆さんも、できることをやってみてください。
それでも解決しない時は、どうぞ、心理カウンセリングを受けて、カウンセラーとともに、解決策を探ってみてください。
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by exkokoro | 2011-03-14 20:20 | 仕事 | Comments(0)

考えすぎは毒?!


タイトル:考えすぎは毒?!
担当:月乃 桂
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海外旅行していた時のことです。
ひょんなことから北インドの山間部に居るユダヤ人が宗教儀式を行う為の集会場で、手伝いをすることになりました。
数カ月ほど滞在していた私は彼らの試練に満ちた歴史、ユダヤ教の考え、今も続く混乱、そういった話をよく聞きました。
しかし彼らはそんな悲惨な状況のなかであっても皆一様に明るく、気さくで陽気な人々でした。
笑いや歌の絶えない毎日で、私はどんどん彼らが好きになっていきました。

そんなある日、イスラム系過激派を名乗る人からネット掲示板でユダヤ暦の新年を祝う日にテロを起こすという予告がはいりました。
私はそれを皮切りに、いろいろな不安や疑問、とめどない思いが心を揺るがし、頭を抱えベンチに座り込んでしまいました。

一人のユダヤ人男性が歩いてきてすれ違いざまにこう言いました。
「考えてもどうにもならないことは考えないことだよ」
真剣に悩んでいた私は思わず反論しました。
「でも…何もしなければ何も解決出来ないじゃない!」
「世の中にはどうしようもないことがある。困りごとは天災みたいなものさ。解決できるなら考えればいいさ。考えてもしかたのないことを考えすぎてるから…」
「しかたないって…何も考えずにいい加減になんて生きられない!」
「いや、僕が言いたいのは何も考えずにいい加減に生きろということじゃなくて、一人で頭抱えて悩んでいてもポジティブな考えは浮かばないだろってことさ」

言われて私はハッとしました。実はここ何日も悩み続けることで気分は滅入り、問題は解決に向かうどころか頭の中で堂々巡りを繰り返すばかりだったのです。

彼はニコッとほほ笑みました。
「君はここに通って何カ月になる?  僕たちの宗教や国籍は違っても仲間だろ。忘れたのか?  さあおいで。すぐそこでゆかいな仲間が待ってるぜ。なんでも話してごらん。みんな君の話を聞きたがってるさ」
そう言ってもらえただけで、正直私の心は少し軽くなっていました。
そこで私は彼と一緒にハウスに戻り、彼がヘブライ語で皆に話しかけると一斉に私に注目しました。

「言いづらいことなら日本語で話せばいい。誰も理解する人はいないからね」
お茶目にウインクしながらそういう彼に背中を押され、私は戸惑いながらもポツリポツリと日本語で話しだしました。
何を言っているかわからないはずなのに、みんな目をそらすことなく私の言葉に耳を傾けてくれました。
言葉に詰まれば励まし声をかけてくれる人、肩を抱き寄せて相槌をうってくれる人、それぞれ反応は違いましたが誰一人邪険にすることなく私を受け入れてくれました。

私の話が終わると一人のリーダーが皆の中心に腰を据え、ヘブライ語で話合いをはじめました。そこにいた人全員がそれぞれ自分の意見を述べ、討論し始めました。

先ほどの彼がそばにきて言いました。
「ユダヤの有名な教えと、今日の君の話とをつなげてみんなで知恵を共有しているんだよ。
考えすぎは毒! だってネガティブを引き寄せ病気になるからね。
安定させる薬は、見たり、聞いたり、書いたりすること。
自分を客観的に見られるようになるからね。

毒を消すためには話すこと。言葉を発することは、手術をうけることと同じだと思わなかった? 僕には今日の君を見てそう思ったな。人と話すことは浄化であるみたいだね。
とにかくユダヤ人は使命も試練も多い民族だから。こうして少しでも知恵を共有して生き延びるんだ。
ポジティブな考え方がいつもうまくいくとは限らない。でもネガティブな考え方はいつもうまくいかないよ」

とても印象的なセリフでした。
確かに一人で考えすぎると、知らず知らずのうちにネガティブな方向へ落ち込む自分がいます。
しかしそれからの私は変に考え込むのをやめ、心のうちは人に話し、ポジティブに心を保つ努力をしました。

悩んでいると塞ぎたくなってしまうけれど、そんな時ほど言葉にして口から吐き出してみること。
必ずしも解決出来なくとも、人を信じ話してみること。
悩みを共有することで、知恵も共有することが出来ること。
そんな教訓を得た経験でした。

またとてつもなく困難な人生を送っていようとも、つねに明るく人を気遣う彼らユダヤ人の元気の源は、そういった人との繋がりにあるのかもしれません。

書いた私も、読んでくれた人も、お互いが変化できるように祈って締めとさせていただきます。

拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
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by exkokoro | 2011-02-04 11:06 | カウンセリング | Comments(0)

親子の連鎖に気が付いたとき


タイトル:親子の連鎖に気が付いたとき
担当:長谷川 さとみ
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新しい年がスタートしましたが、
皆さんはどのように新年を迎えられたのでしょうか。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。


この年末年始に改めて感じたことを書いてみます。

人とコミュニケーションを上手く取れない、というお話の中で
「それはきっと子どものときに、
親からこんな扱いを受けたせいなのかも…」

と、仰る方がよくおられます。

「こんな扱い」とは、押し付けのような過保護だったり
かまってもらえないという放棄だったりするのです。

こんな風に、自分の過去をさかのぼって考えてみると
どのような子ども時代を過ごしてきたのか、
どんな育てられ方だったのかを否が応でも知ることになります。

また、今はそんな自分が親になって
子に対してやっていることにも目を向けますね。

私も最近はこれらのことをよく考えるようになりました。
そしてつくづく、
人間を育てることがいかに大切かを思い知らされました。


無意識で親から受けたことを子に対してもやっている事実。
当たり前ですよね。
それが自分の中の常識なのですから。

こんな年になった私でさえ、
母親から言われることに従おうとしています。

でも、最近は意識して考えるようになりました。
それに従うのか、従わないのか。
選ぶことが自由にできる大人になったことを…


昨年の暮れ、長女が言いました。
私が言ったことに対して、
「まあ、それをするかどうかは自分で決めるけどな…」と。

思わず、「そう、そう。そうやな…」
そんな風に言うようになったんだと
驚きながらもよかった、と思いました。

彼女が自分で選ばないと、
私はまたいつもの押しつけをしてしまうかもしれない。

子の成長は親の成長へと繋がります。


今度は次女の場合。
まだ親の言う通りにしないといけないと感じているようです。

親の言うことに従ってきたので、
自分の意思を伝えることをしてこなかった。
言いたいことがあっても上手く表現できず、
納得できないイライラが顔や態度にまで出ています。

それを見ていて親の方までもがおもしろくない感情になります。
お互い言わなければ気持ちが通い合わないと
分かっているのに、そのままにして蓋をしてしまいます。

今まではこんなことの繰り返しでした。
その時の気持ちの悪い感情には蓋をしたままでした。

でも、考えてみました。
そういえば、自分も親とはネガティブな感情ほど
言い合ってこなかったな・・・
ということに気がつきました。

うやむやのまま通り過ぎてきてしまいました。
だから、今でもそのままです。

あの時嫌だったな…
その時、こう言っていれば…

心の底の方に残ったままの感情があることに
気がつきました。

この年末年始に私も実家で母親と過ごしました。
やはり、人とコミュニケーションを上手く取れない
ことがあるという母親の話をよく聞きます。

「思ってることを伝えないからやん。」
と言う私の意見はどうやら聞き入れてもらえません。

「言ってもめごとが起こるくらいなら、
言わない方がいい。」という考えのようでした。

「それで納得ならいいけど、しんどいんじゃないの?」
と、聞き返しても考えたくない様子の母親。

この程度の話は何度かしてきたのですが
今まで、娘である私からこんな話をされたことが
なかった母親にしてみれば、困惑してしまうのでしょう。

なかなか受け入れてもらえない状態です。
ですが、考えるか考えないかを決めるのも母親次第なので
付かず離れず見ていこうと、私は決めました。


話は次女に戻ります。
自分が子どもに押し付けのようなことを
いっぱいしてきたかもしれないと謝りました。

その上で、これからは自分で考えて選んでいいことを伝えました。
でも、言いたいことが上手く言葉に出来ない娘です。

「やればいいんやろ。」と投げやりに言います。
「いや、違う。やるかやらんかアンタが決めていいねんで。」
こう言っても、困惑しています。

無理もありません。今までやったことがないのですから。
というか、私がやらせてあげなかったのですから。

「お母さんが言ったことに対して、
自分の意見と合わないことがあるときは
それを言ってくれないと分からないから、
それでいいと思ってしまう。」

「自分で考えてアンタが選んでいいねんで。」
私も子どものときに、
親から言われたことは無かったのでは、と思います。

でもだからこそ、今は言います。
もっと早く言ってあげればよかったと反省しつつ
これからは違う道を選ぼうと決めた私です。

まずは、自分が違う道を進みたいと思っています。
子どもらがそれをどう受け止めるかは
今は分かりませんが・・・


昨日、「はじめてのおつかい」という
TV番組を次女と二人で見ました。

小さい子が好きな次女は、
そのかわいさに笑みがこぼれていました。

私はその小さな子ども達に対応するお母さんやお父さんの姿に、
自分はしてもらえなかったと感じることや
親になった自分が子にしていなかったことを
改めて思い巡らして、涙がこぼれました。


そして、「これからでも出来ることをやっていこう」
と、年頭の目標にしてみました。

今、親子間でしんどさを感じている人は
十代の君でも、ベテランの親であるあなたでも
『人生は自分で選択していい』
と、考えてみることも出来るのではないでしょうか。
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by exkokoro | 2011-01-12 15:01 | 家族 | Comments(0)

引っ越し


タイトル:引っ越し
担当:原口 さおり
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結婚したので、引っ越しをしました。
それまでは1Kのアパートに一人暮らし。広いとはいえない部屋で大した荷物もないから、荷造りも1日で終わるだろうとのんきに考えていたのですが、甘かったです。
1日で終わる予定が1週間もかかってしまいました。

いざ荷物をまとめ始めたら、押入れの中は要らないものだらけだったと判明。
何年も袖を通していない服や、VHSテープ、古い雑誌、使うあてのない電気機器など、押し入れの中にあった物の半分以上は処分する事になりました。

もっと早くに処分していれば押入れのスペースを有効活用できたのに、「なんで今までとっておいたんだろう?」と我ながら不思議でした。

貧乏性だったり、処分する手間が面倒くさいというところもあるのですが、考えてみたら「もしかしたら必要になる時がくるかもしれない」というのが、処分せずにいた最大の理由。

もし必要な時がきたら、「とっておけばよかった~」と後悔してしまうだろうと思って処分できずにいたのです。
その積み重ねで押入れの中はぎゅうぎゅう。物を出し入れするのも一苦労。
衣替えする時なんかは大仕事でした。

それらを必要とするかもしれない未来の自分の為にやっていたのですが、逆に今の自分には負担をかけていたんですね。
その上、備えとしてとっておいた物のほとんどは出番もなく、結局は未来の自分にも負担となる始末。

「どうせ処分する事になるんだったら先の事ばかり考えるより、今の生活を大事にしていた方がよかったな~」なんて事を考えていたら、はたと気付きました。
これって押入れ事情だけでなく、普段の私の心理にも共通しているのでは?
この先起こるかどうかも分からない出来事に心を奪われ、“いま”に目を向けていない時があります。
例えば、「コラムが締切りに間に合わなかったらどうしよう…」とか。
そんな事考えている暇があったら、集中してとっとと書きゃいいわけです。でも、心が未来に飛んで、まだ起こってもいない事を先読みしたりするから、焦って余計に書けなくなるという事態になったりも。

先の事をあれこれ考えるより、いま必要な事に目を向けた方が物事も効率よく進むんですよね。
不要なモノは手放した方が、押入れにも心にも余裕ができて過ごしやすくなります。

全く先の事を考えず、今さえよければいいっていう考え方をお勧めするのではありませんが、先の事ばかりに傾倒して“いま”がおざなりになっているのもどうかと思います。
“いま”を大事にした上で、余裕があれば先の事を考えればいいんじゃないかな、と。

引っ越しを機に、いまの私に必要なモノは何かを改めて検討させられ、随分荷物が減りました。
心の方も、“いま”の私に不要なものは手放し、余裕を持ちたいものです。
先の事は、その時になってみないと分かりませんが、“いま”の事は分かりますしね。
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by exkokoro | 2010-11-27 15:22 | 生活・生き方 | Comments(0)

始まりとそれから


タイトル:始まりとそれから
担当:舞原 惠美
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みなさん、こんにちは。カウンセラーの舞原惠美です。


突然ですが、

自分はなぜ生まれてきたのだろう
自分という存在にはどんな意味があるのだろう
自分って何者?

みなさんの中には、ひょっとしたらこのようなことを考えたことがある方も
いらっしゃるかもしれませんね。

(「こんなこと考えるなんて、青い青い。大事なのは、今ここにいて、これからどうするのか、ってことだよ」とお思いの方も今しばらくお付き合いください~!)

人はどうも「自分の事をわかってほしい」「説明したい」と思うもののようです。
いっときは「アイデンティティー」という言葉が流行したりもしました。

そして、「自分の始まり」に思いを馳せます。

父がいて、母がいて、そして自分が今ここにいる。

ある人々にとっては、親はそこにいるだけで謎を発する存在です。
「どうして私はこの人の子供に生まれたんだろう?」


私は商家の長女として生まれ、妹がひとりいるだけでしたので、「跡取り娘」の期待を受けて育ちました。
子供の頃、父が「おまえが男やったらなあ」と言うのを何度も聞きました。
そのたびに、「私が女だからおとうさんに好かれないんだ」と思ったのを覚えています。

また、父は「親の言うことは素直にハイと聞いたらええねん」と言う人でしたから、納得できないことに口ごたえしようものなら、雪の日に庭の木にくくりつけられるわ、後ろ手にしばって押入れに閉じ込められるわ、ろうそくは垂らされるわ、やいと(お灸)はされるわ、で、えらい騒ぎでした。
これらの「お仕置き」は、全然こたえませんでした。当時はどこの家庭でも普通に「しつけ」として行われていて、私にとっては「またか~」と収まるのを待っていればいい、というくらいのものでした。
辛かったのは、言い分を聞いてもらえなかったこと。受け入れられていない、好かれていないという思いばかりがつのっていきました。

それでも怖れず反抗できたのは、いつも母が守ってくれると安心していられたからです。
例のごとく木に縛り付ける為に、私を担いで庭に出て行く父の後ろを「許してあげて」と泣いて追ってきてくれる母がいたからでした。
「何も悪いことしてへんのに、許してもらうことなんかないわい!」とわめく私は、さぞ憎たらしい子供だったろうと思います。(^_^;)


時がたち、好きなように進学させてもらった私は、ついに社会人としての進路を決めなければならない大学卒業を迎えました。

長女として家業(洋服小売業)を継ぐことを期待され、存在理由と感じて育ってきた私は、修行の為あるファッションメーカーに求職し内定をもらいましたが、毎日悶々としていました。

本当にこれでいいのか。

私が興味を持ち、惹かれるのは語学であって、ファッションには全然関心を持てなかったのです。そんな私がこんなふうに進路を決めてしまっていいのか。

しかし、跡取りを放棄するのは、子供の頃の体験とあいまって、父親から完全に見放されるような気がしてとても怖ろしいことだったのです。自分のいる意味がなくなってしまうようにさえ感じていました。

ずっと迷い続けていたある日、部屋で天井を見つめていると、突然
「やっぱり、ダメだ! 一度しかない人生、したくないことをやって終わって何になるんだ」
という思いが湧き上がり、即、会社に電話して内定を取り消してもらいました。

「うわっ、やっちゃった!」と思いましたが、緊張がとけた虚脱感とそれを上回る解放感を感じていました。
初めて自分自身の人生を手に入れた気がしました。と同時に、父に受け入れられる希望を捨てた瞬間でもありましたが、そんな代償を払っても、決断した後は、本当にすがすがしい気持ちになりました。部屋の天井が光り輝き、その天井を抜けて宇宙まで飛んでいってしまうような自由を味わいました。


自分が生まれてきた意味は、誰に決められるものでもない、自分で決めていい、そう思います。
やりたいことをやっていいと自分に許可を出せると、父を失望させて申し訳ないとは思うものの、それまで重苦しくイヤだと感じていた「期待」も、かえって「されるというのはありがたいことでもあったんだなぁ」と思えるようになりました。

人生の始まりにおいては、自分でどうにかできることは少ないかもしれません。けれど、成長し責任が取れるようになるにつれ、選択肢はひろがってきます。
名曲「My way」のように、これが私が選び、創ってきた人生だ、と言えたら素敵ですね。
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by exkokoro | 2010-11-24 10:39 | 生活・生き方 | Comments(0)

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