Excite ブログ

タグ:不安・苦しみ ( 14 ) タグの人気記事

大切なものを失われた方へ


タイトル:大切なものを失われた方へ
担当:長谷川 さとみ
----------------------------------------------------

今回の大震災で、家族や友人、知人など
大切な人をいきなり亡くされた方、
また、家や学校、会社など町ごとが一瞬で
流されてしまい被災されておられる方々、
心よりお見舞い申し上げます。


実はあの日、私は関東のある場所にいて
激しい揺れを体験してしまいました。
交通機関はストップし、大阪に帰れなくなり
ある施設で夜明かしをすることになりました。

そのときは、まさか『戦後最悪の自然災害』
と言われるほどの事態になるとは
思ってもみなかったのですが…

すでに一ヵ月が経過して、復興に向け様々な取り組みが
行われていますが、未だに大きな余震が続く中
被災地の皆さんの身体的、精神的負担は
計り知れないものになっていることでしょう。


大切な家族を、友人や知人をいきなり失ってしまったとき

「何にも悪いことしてないのに、どうして…」
「何故、自分は生き残ってるんだろう…」

こんな思いで生きていかなければならない事実が
重く重く自分にのしかかってくるのではないでしょうか。

ある日のTVニュースでは、家族を亡くされた方が
「うそだ、うそだー」と叫びながら
その場に崩れる姿が映し出されていました。

私も同じことを叫びながら崩れ落ちたことを
思い出し、とても胸が苦しかった。

突然主人を失った時、どうかうそであってほしい。
悪い夢であってほしい。
時間が戻ってくれたら・・・

そう、思わずにはいられませんでした。

その方は、「もっと早く通報していたら助かった?」
「私のせいなんだ…」と、
ドクターに訴えるように聞いていました。

ドクターは、
「通報が早くても間に合わなかったと思います。」
辛い言葉を苦しそうに伝えていました。

自分を責める気持ち、
「もっと早くこうしていたら…」
「自分が助けられなかった…」

こんな自責の念が自分自身を縛りつけて
生きていることが苦しくてたまらないのです。


最近の新聞ではご遺族の方が当時の辛い体験を
振り返っておられる記事を目にします。

苦しくて、思わず涙が流れますが
どんなことがあったのか、私も知る必要があると思い
記事を読んでいるのです。

世間では、一日も早い復興をと盛り上げています。
『みんなで力を合わせてがんばろう』

それが大事なことだと、わかっています。

立ち止まってはいられないことも、
がんばって生きるために前に進むことも、
頭ではちゃんとわかっているんです。

でも、
一瞬で大切なものが奪われた喪失感。
どこにもぶつけることが出来ない悔しさ。
何も出来なかった自責の念。
目に見えない原発に怯える不安。

まだまだ収まらない気持ちがたくさんあるでしょう。

周りが復興に向けて動き出しても
どうにもならない気持ちを抱えたまま
何だか自分は取り残されたように感じてしまう、
こんなことはないでしょうか。


今はまだ、そんな気持ちを抑え込まず
叫びたいだけ叫んでいい。
泣きたいだけ泣いていい。
と、私は思います。

がんばらなくてもいい。
強くならなくてもいい。

何故なら、
人は誰の中にもがんばれる強さがきっとある。

歩き出すことを自分で選ぶ、
そんなチカラが自分の中から
じわじわと湧き起こってくる『そのとき』が
きっとくると、私は思っています。


ただ、『そのとき』は人それぞれ違うのでしょうが…

だから、どうか抱えきれない気持ちを
聴いてあげてほしいと思います。
ただ、黙って聴いてもらえるだけでいいのです。


【大切なのは人間の命、それさえあればいい】
新聞で掲載されていた被災者の方のお言葉です。

どうか、どうか諦めないでほしいのです。
あなたの『そのとき』はきっとくる。

泥まみれになった思い出のかけらたちを集めて、
亡くなった大切な人の分まで生きようとする
『そのとき』がくることを私も信じて
応援させて頂きたいと、心から思います。

温かい家でご飯が食べられる自分は、当たり前であって
当たり前ではないことを胸に刻みます。


毎日のように続く余震、長期化する放射能の危険。
まだまだ深刻な状況が続くようですが、
被災地の皆様の
心と体が健康に保たれますよう、お祈りいたします。
[PR]

by exkokoro | 2011-04-16 13:18 | 東日本大震災 | Comments(0)

大切なものを失われた方へ



タイトル:大切なものを失われた方へ
担当:長谷川 さとみカウンセラー
--------------------------------------------------------

今回の大震災で、家族や友人、知人など大切な人をいきなり亡くされた方、
また、家や学校、会社など町ごとが一瞬で流されてしまい被災されておられる方々、
心よりお見舞い申し上げます。


実はあの日、私は関東のある場所にいて激しい揺れを体験してしまいました。
交通機関はストップし、大阪に帰れなくなり、ある施設で夜明かしをすることになりました。

そのときは、まさか『戦後最悪の自然災害』
と言われるほどの事態になるとは
思ってもみなかったのですが…


すでに一ヵ月が経過して、復興に向け様々な取り組みが行われていますが、
未だに大きな余震が続く中
被災地の皆さんの身体的、精神的負担は計り知れないものになっていることでしょう。


大切な家族を、友人や知人をいきなり失ってしまったとき

「何にも悪いことしてないのに、どうして…」
「何故、自分は生き残ってるんだろう…」


こんな思いで生きていかなければならない事実が
重く重く自分にのしかかってくるのではないでしょうか。


ある日のTVニュースでは、家族を亡くされた方が
「うそだ、うそだー」と叫びながら
その場に崩れる姿が映し出されていました。


私も同じことを叫びながら崩れ落ちたことを思い出し、とても胸が苦しかった。

突然主人を失った時、どうかうそであってほしい。
悪い夢であってほしい。
時間が戻ってくれたら・・・

そう、思わずにはいられませんでした。

その方は、「もっと早く通報していたら助かった?」
「私のせいなんだ…」と、
ドクターに訴えるように聞いていました。

ドクターは、
「通報が早くても間に合わなかったと思います。」
辛い言葉を苦しそうに伝えていました。

自分を責める気持ち、
「もっと早くこうしていたら…」
「自分が助けられなかった…」

こんな自責の念が自分自身を縛りつけて
生きていることが苦しくてたまらないのです。



最近の新聞ではご遺族の方が当時の辛い体験を
振り返っておられる記事を目にします。

苦しくて、思わず涙が流れますが
どんなことがあったのか、私も知る必要があると思い
記事を読んでいるのです。

世間では、一日も早い復興をと盛り上げています。
『みんなで力を合わせてがんばろう』

それが大事なことだと、わかっています。


立ち止まってはいられないことも、
がんばって生きるために前に進むことも、
頭ではちゃんとわかっているんです。

でも、
一瞬で大切なものが奪われた喪失感。
どこにもぶつけることが出来ない悔しさ。
何も出来なかった自責の念。
目に見えない原発に怯える不安。


まだまだ収まらない気持ちがたくさんあるでしょう。


周りが復興に向けて動き出しても
どうにもならない気持ちを抱えたまま
何だか自分は取り残されたように感じてしまう
こんなことはないでしょうか。


今はまだ、そんな気持ちを抑え込まず
叫びたいだけ叫んでいい。
泣きたいだけ泣いていい。
と、私は思います。

がんばらなくてもいい。
強くならなくてもいい。
何故なら、
人は誰の中にもがんばれる強さがきっとある。


歩き出すことを自分で選ぶ、
そんなチカラが自分の中から
じわじわと湧き起こってくる『そのとき』
きっとくると、私は思っています。


ただ、『そのとき』は人それぞれ違うのでしょうが…


だから、どうか抱えきれない気持ちを
聴いてあげてほしいと思います。
ただ、黙って聴いてもらえるだけでいいのです。


【大切なのは人間の命、それさえあればいい】
新聞で掲載されていた被災者の方のお言葉です。


どうか、どうか諦めないでほしいのです。
あなたの『そのとき』はきっとくる。


泥まみれになった思い出のかけらたちを集めて、
亡くなった大切な人の分まで生きようとする
『そのとき』がくることを私も信じて
応援させて頂きたいと、心から思います。

温かい家でご飯が食べられる自分は、
当たり前であって
当たり前ではないことを胸に刻みます。


毎日のように続く余震、長期化する放射能の危険。
まだまだ深刻な状況が続くようですが、
被災地の皆様の
心と体が健康に保たれますよう、お祈りいたします。
[PR]

by exkokoro | 2011-04-16 00:00 | 東日本大震災 | Comments(0)

痛みよさようなら


タイトル:痛みよさようなら
担当:長谷川 泰三
----------------------------------------------------


今回は私自身のセラピー体験をお話ししましょう。

私自身が12年前にカウンセリングしてもらったときの話しです。

私達の心と身体は大き く影響しあっています。

カウンセリングをしていると心の問題が身体の問題になって出ている場合が多くあります。

今回のテーマは「痛み」と心についてです。

私は20年前に交通事故 で脊髄を損傷し、それが原因で両足がマヒして車椅子に乗っています。

当時の私にとっては、車椅子の生活をしなければならないことはとても大きな問題だったのですが、実は問題はそれだけではありませんでした。

その後、私は「死ぬほ ど痛い神経痛」にずっと悩まされることになったのです。

その神経痛は10日に1 回くらいの間隔で私の右足を襲いました。

一度痛くなってしまうと、どんなに強い痛み止めでもその痛みを抑えることはできません。叫び声をあげるような激痛が丸一日は続きます。

車椅子の生活には時間とともに慣れることができたのですが、この「神経痛」の痛みには慣れることはできませんでした。

いつ襲ってくるのかわからない神経痛、それはまるでいつ爆発するのかわからない時限爆弾を体に抱えて生きているような感じでした。

最初はこまめに病院に 通い、神経痛に効くと聞けば色々な治療法も試してみましたが、効果はありませんでした。

大量の痛み止めを持ち歩き、痛みがおきそうになると持っている痛み止めを全部使い果たす。それでも痛みはおさまりませんでした。


「病院なんて行ってもしかたないし…どうせ治らないんだ!」


病院へは薬がなくなっ た時に、痛み止めをもらいに行くだけになりました。

私は捨て鉢になっていました。

私にとって痛みを治すことをあきらめるということは、同時にたくさんのことをあきらめるということでした。

旅行先で神経痛が襲ってきたらどうしようと思うと旅行にも行けません。

デートは?仕事は?何もできなくなってしまう、という恐怖は言葉にはできないくらい大きなものでした。

その恐怖が私に大量に痛み止めを使わせました。

薬の副作用で体はガタガタになり、内臓にも悪い影響がではじめました。

「長谷川さん顔色悪いよ」と言われることが多くなり、周りの人もずいぶん心配してくれました。

そんなある日お世話に なっていたカウンセラーが私が苦しんでいることを知り電話をかけてきてくれました。


「そろそろ神経痛のセラピーを行ってみませんか?」

「せっかくですがセラピーで治るとは思えないんです」

「そうとも限らないよ」

「色んな所に行ってみましたが、全然だめだったんです」

「でも、心理療法はまだやってないでしょ?」

「ええ」(あまりにも激しい痛みのため、心理療法で治るとはそうなんて考えもつきませんでした)

「本当によくなるんですかね」

「心の力って案外すごいものだよ」


カウンセラーの言葉に 半信半疑ながら、面談カウンセリングをお願いしました。

数日後、カウンセリン グルームに出向いた私は正直に気持ちを話しました。


「あまり期待はしていないのです」

「どうしてですか?」

「期待してダメだったことが多かったもので」

「裏切られることが多かったんですね」

「そうです。だから期待しないようにしているんです」

カウンセラーはカウンセリングの中で神経痛の痛みのつらさや、それを抱えているためにどこにも行けなかったこと、いつ襲ってくるかもしれない痛みに対しての不安などを根気よく聞いてくれました。


「もう死にたいって思ったことが何度もあるんです」

「それは辛かったですね。その足がそんなに痛むのですか?」

「こんな足なんか切って捨ててしまいたいって思いました」

「でも、その足はあなたの一部なんですよ」

「でも憎い!でも憎い!こんな足なんかなくなってしまえ!」


私は自分の右足を叩いていました。

しまいには涙が出てきて止まらないようになり、ワンワン泣きながら力いっぱい右足を叩きました。

この足が悪い!この足が私を苦しめる!まともに歩くこともできない上に私をただ痛めつけるだけの足なんか切り落として捨ててしまいたい!

その時、カウンセラーが私に意味不明なことを言ったのです。


「長谷川さん、もしそんなにひどい痛みをあなた自身が望んでいたとしたらどうしてだと思います か?」

「そんなことは絶対にないです。 あるはずがない!」

「あなた自身も気付いていないかもしれませんが、その痛みに目的がある
としたら....」

「私はあなたの言っていることがよくわかりません!」


私は怒りをカウンセラーにぶつけました。

この人も私のことを分かってくれない!私自身が自分の足を痛めつけてるだなんて、そんなことあるはずがない!


「長谷川さん、もっと以前、子供の頃に大きな病気やケガをしたことはありませんか?」

「子供の頃は小児ぜんそくにかかっていましたけど....」

「小児ぜんそくですか。どんな時に発作が起きたか覚えていますか?」

「あまり覚えていません。小児ぜんそくと神経痛は関係あるんですか?」

「はい、多分関係があると思いますよ。少し子供の頃のお話しを聞かせてもらえませんか?」

「子供の頃のことですか....」


私はそれまで、あまり他人に子供の頃の話をしませんでした。

思い出すと嫌な感じがして、またあの時代が戻ってくるような気がしたからです。

4才のときに両親が離 婚したこと、親戚や母親の友人に預けられていたこと、母親の再婚、新しい父親とうまくいかなかったこと、小学生の頃からアパートで一人暮らしをしていたこと、ずっと寂しかったこと…そんなことを話していると涙が出てきてしかたありませんでした。


「ずっと寂しかったんですね」

「…」

「長谷川さんの痛みの原点を探すためにやってみたいことがあるんだけどいいかな?」

「どんなことをするんですか?」

「心が持つイメージの力を借りるのです」

「イメージの力ですか?」


私はベットに横たわり目を閉じました。


「長谷川さん、今、足は痛くありませんか?」

「少ししびれが強くなってきました」

「他に痛みを感じる部分はありませんか?」

「胸の部分が少し」


私はそう言いながら「足と胸(ぜんそく)」が関係しているかもしれないと思いました。


「では、それを感じていてください。感じながら何か思い浮かぶものはありますか?」

「子供の頃…多分4才の頃に住んでいた家だと思います」

「誰かと一緒にいますか?」

「いえ、一人でいます」

「その子は一人で何をしていますか?」

「せきをしています」

「では、そのせきをしている4才のあなたの気ちを感じてみてください」

「はい…とても不安で寂しい感じがします」

「その子は何か言いたがっていませんか?」

「はい。でも我慢しなきゃいけないって思っています。だんだん足が痛くなってきました」

「その子は何を言いたがっていますか?」

「助けてって言うのを我慢してます」

「その子に言ってあげてください“我慢しなくてもイイんだよ”って」

「ダメだ!言っちゃダメなんだ!お母さんが困るから…足が痛い!痛い!う~痛い!」

「長谷川さん、助けを求めてイイんですよ!言ってあげてください。その子のために“助けて”って言ってあげてください」

「うー痛い!痛い!痛いー!お母さん助けて」


気がつくとカウンセラ ーが私の足をさすってくれていました。

そしてもう足の痛みは消えてなくなっていました。

あなたにとって『痛み』というのは助けを求める声だったんですね

「確かに私は母親に助けを求めない子供でした」

「なぜだったか分りますか?」

「母親が困ってしまうような感じがあったからです」

「やさしい子供だったんですね」

「母親もがんばっていましたから、私ができることは『がまん』くらいしかありませんでした。助けを求めちゃいけないと思っていたんです」

「子供のころは喘息の発作... 大人になってからは神経痛... 長谷川さんが辛くて助けて欲しいとき、そしてそれを我慢したときにそれがおこるみたいですね」

「たしかに、そうですね」

「簡単にいえば助けを求めない分、足が痛くなるということです」

「はあ、ということはちゃんと助けを求められれば神経痛がなくなるということですか?」

「そうかもしれません。どうですか、やってみる価値はありませんか?」

「ええ、それで神経痛が治るのならやってみたいと思います」


このカウンセリングをきっかけに、足の痛みは私を苦しめるものではなくなりました。

何よりもよかったことは、周りの人達と深くつながることが出来るようになったことです。


「神経痛よありがとう!私に助けを求めることを教えてくれて、ありがとう さようなら」
[PR]

by exkokoro | 2011-04-13 19:45 | 心とからだ | Comments(0)

史上最大の地震



タイトル:史上最大の地震
担当:夏川 佳子カウンセラー
------------------------------------------------------

今月11日に大変大きな地震が東日本でありました。
東京でさえ驚くような揺れを感じました。
その夜は、大通り沿に、ものすごい人数の人たちが、ゾロゾロと同じ方向へ歩き、
まるで人類大移動の如くでした。

その大群に怖じ気づき、わたしはオフィスで一夜過ごすことにしたのですが、
友人の中には6時間かけて帰宅した人もいます。

本震だけでなく余震も多かったので、今後どうなるか、皆不安がありますよね。

ですが、一番不安感を募らせるのは、
まさかその後の一週間とは、そのときは思いませんでした。


わたしの家の近所では、ティッシュ、トイレットペーパー、水、米はもちろんのこと、
お店の棚には何もありません。まるで強盗か、暴動でもあったかのようです。

花粉に悩まされている私は、底をついてしまったティッシュを補充するために、
複数の電車を乗り継いで買い物に出かけるはめに。
牛乳がタイミング良く売っていたとしても1パック500円ですからね。
まさしく、食糧難、ショッピング戦争を体験しています。


この状態に不安になります。
買いだめする必要性にかられるし、
「逃げるときは、アレとアレを持って逃げるでしょ」とか、
「逃げるためには、アレもソレも買っておかなきゃ」とか、
「今からライフラインがなくても食べれる食事の仕方や生活の仕方に切り替えておくべき?」とか、「連絡をケータイ以外で取れる方法も探しておく方がいいかな?」
などと激しい妄想にかられます。


ただ私は親戚一同皆東京なので、
自分の明日の食べ物や生活必需品を心配する程度ですが、
やはり、被災地に親戚や知人がいらっしゃる方々は、それ以上に心配だとお察しします。

この様な状況では、1ヶ月くらいは、水や食べ物など、生命維持の問題で頭が一杯になります。
ですが、その後に、精神的な負担が現れてきます。


喪失感、恐怖、絶望感、疲労感、減退感、心配、不安…

そこまではっきりしていないかもしれません。

どことなく体調が悪い、
なんとなく元気がない、
なんとなく心がカサカサした感じがする、
穴が空いたような感じがする、
何だか不明だけど前と違う感覚がする、
など、言葉にできない感覚かもしれません。

もし、その様な感覚が現れたら、どうぞ心理カウンセリングを受けてください。


時間とともに落ち着くだろうと放置しておくのはお勧めできません。


時間とともに、目を向けないで済ます力がつくかもしれませんが、
心が悲鳴をあげていることに目をつぶっているだけなのです。
心は、考える以上に負担を感じているのです。


心の限界に達してしまうと、後になって、ウツ、PTSDなどとなって出てくることもあります。
心の疲れや傷は、放置することで、癒されにくくなります。


大きな形になって出て来る前に、芽を摘むために、
私たちカウンセラーは、お手伝いしたいと考えてい
ます。

自分の心の状態が分かりにくかったら、試しにでも心理カウンセリングを受けてみてください。
[PR]

by exkokoro | 2011-03-27 00:00 | 東日本大震災 | Comments(0)

地震の影響について 私たちにできること



タイトル:地震の影響について 私たちにできること
担当:国広 宜子カウンセラー
-----------------------------------------------------

カウンセラーの国広宜子です。

11日の大きな地震で被害に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。
また、友人・知人の安否に心を痛めたり、
報道される映像に衝撃を受けておられる方も多いでしょう。


直接の被害を免れた私に今できることは何なのかと考え、
情報発信のコラムを書くことにしました。


まずは、震災に遭われた方へのサポートについて。
直接の支援物資の送付やボランティアは
まだ受け入れ態勢が整っていない状態です。

今できることは、節電と寄付といつもの生活を続けること。


節電は、関東地方では輪番停電の政府決定もなされました。

寄付は、信頼できる団体なのかを確認してから。
無理のない額で。

そしてできるだけ目の前の仕事に力を尽くすことで、経済活動を滞らせないようにしましょう。
今後の被災地の復興のためにも。



そして、この地震に心を痛めている方へ。
的確な情報を得ることは必要ですが、
悲惨な映像を繰り返し目にすることは大きなストレスにもなります。
気をつけてください。


また、被災地で辛い思いをしている人がいるのに、自分はなにもできない。
そんな風に自分を責めてしまう人もいるかもしれません。
無力感を感じるかもしれませんが、あまり自分を責めないでくださいね。


今の状況に心を痛めている方はたくさんおられるでしょう。
泣きたくなったら泣いてください。
この状況下でのストレス反応は当然のことです。


また、周りで笑ったりふざけたりしている人がいても、
どうかその人を不謹慎だと責めないでいてあげてください。


NHKが子供番組のコンテンツをユーチューブに開放しています。
報道番組が続いていますので、
お子さんに見せてあげるのも良いと思います。


こんな状況下では
いろいろな価値観がぶつかりやすいかもしれません。

そんな対応は良くないとか、もっとこうすべきなど、
場面ごとに認識や対応の差が生まれやすい状況です。


今、必要なのは対立ではなく協力。

寛容さを大事に毎日をすごしていきましょう。


うつをはじめとしたメンタル不全の方は、
今はいつもより不安が増していることもあるかもしれません。
きちんとお薬を飲んで無理をしないように気をつけてください。


また、正しくない情報の連鎖が起きていることにも注意してください。

チェーンメールが来たら出所の確認をしましょう。
善意からの不確定情報の拡散は避けたいところです。
厚生労働省のHPに、訂正情報が載っているものもあります。


世界各地からの「Pray For Japan」のメッセージを見てみるのもお勧めです。
Pray For Japan で検索してみてください。
勇気がもらえます。


まずは、自分のケアをすること、そして身近で不安な思いをしている人と励ましあうこと。
震災の被害に遭われた方にできることを考えること。


まだ厳しい状況が続くことが予想されますが、
今あるもの、今できることに目を向けてみんなで力を合わせて乗り切っていきましょう。
[PR]

by exkokoro | 2011-03-13 00:00 | 東日本大震災 | Comments(0)

考えすぎは毒?!


タイトル:考えすぎは毒?!
担当:月乃 桂
----------------------------------------------------

海外旅行していた時のことです。
ひょんなことから北インドの山間部に居るユダヤ人が宗教儀式を行う為の集会場で、手伝いをすることになりました。
数カ月ほど滞在していた私は彼らの試練に満ちた歴史、ユダヤ教の考え、今も続く混乱、そういった話をよく聞きました。
しかし彼らはそんな悲惨な状況のなかであっても皆一様に明るく、気さくで陽気な人々でした。
笑いや歌の絶えない毎日で、私はどんどん彼らが好きになっていきました。

そんなある日、イスラム系過激派を名乗る人からネット掲示板でユダヤ暦の新年を祝う日にテロを起こすという予告がはいりました。
私はそれを皮切りに、いろいろな不安や疑問、とめどない思いが心を揺るがし、頭を抱えベンチに座り込んでしまいました。

一人のユダヤ人男性が歩いてきてすれ違いざまにこう言いました。
「考えてもどうにもならないことは考えないことだよ」
真剣に悩んでいた私は思わず反論しました。
「でも…何もしなければ何も解決出来ないじゃない!」
「世の中にはどうしようもないことがある。困りごとは天災みたいなものさ。解決できるなら考えればいいさ。考えてもしかたのないことを考えすぎてるから…」
「しかたないって…何も考えずにいい加減になんて生きられない!」
「いや、僕が言いたいのは何も考えずにいい加減に生きろということじゃなくて、一人で頭抱えて悩んでいてもポジティブな考えは浮かばないだろってことさ」

言われて私はハッとしました。実はここ何日も悩み続けることで気分は滅入り、問題は解決に向かうどころか頭の中で堂々巡りを繰り返すばかりだったのです。

彼はニコッとほほ笑みました。
「君はここに通って何カ月になる?  僕たちの宗教や国籍は違っても仲間だろ。忘れたのか?  さあおいで。すぐそこでゆかいな仲間が待ってるぜ。なんでも話してごらん。みんな君の話を聞きたがってるさ」
そう言ってもらえただけで、正直私の心は少し軽くなっていました。
そこで私は彼と一緒にハウスに戻り、彼がヘブライ語で皆に話しかけると一斉に私に注目しました。

「言いづらいことなら日本語で話せばいい。誰も理解する人はいないからね」
お茶目にウインクしながらそういう彼に背中を押され、私は戸惑いながらもポツリポツリと日本語で話しだしました。
何を言っているかわからないはずなのに、みんな目をそらすことなく私の言葉に耳を傾けてくれました。
言葉に詰まれば励まし声をかけてくれる人、肩を抱き寄せて相槌をうってくれる人、それぞれ反応は違いましたが誰一人邪険にすることなく私を受け入れてくれました。

私の話が終わると一人のリーダーが皆の中心に腰を据え、ヘブライ語で話合いをはじめました。そこにいた人全員がそれぞれ自分の意見を述べ、討論し始めました。

先ほどの彼がそばにきて言いました。
「ユダヤの有名な教えと、今日の君の話とをつなげてみんなで知恵を共有しているんだよ。
考えすぎは毒! だってネガティブを引き寄せ病気になるからね。
安定させる薬は、見たり、聞いたり、書いたりすること。
自分を客観的に見られるようになるからね。

毒を消すためには話すこと。言葉を発することは、手術をうけることと同じだと思わなかった? 僕には今日の君を見てそう思ったな。人と話すことは浄化であるみたいだね。
とにかくユダヤ人は使命も試練も多い民族だから。こうして少しでも知恵を共有して生き延びるんだ。
ポジティブな考え方がいつもうまくいくとは限らない。でもネガティブな考え方はいつもうまくいかないよ」

とても印象的なセリフでした。
確かに一人で考えすぎると、知らず知らずのうちにネガティブな方向へ落ち込む自分がいます。
しかしそれからの私は変に考え込むのをやめ、心のうちは人に話し、ポジティブに心を保つ努力をしました。

悩んでいると塞ぎたくなってしまうけれど、そんな時ほど言葉にして口から吐き出してみること。
必ずしも解決出来なくとも、人を信じ話してみること。
悩みを共有することで、知恵も共有することが出来ること。
そんな教訓を得た経験でした。

またとてつもなく困難な人生を送っていようとも、つねに明るく人を気遣う彼らユダヤ人の元気の源は、そういった人との繋がりにあるのかもしれません。

書いた私も、読んでくれた人も、お互いが変化できるように祈って締めとさせていただきます。

拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
[PR]

by exkokoro | 2011-02-04 11:06 | カウンセリング | Comments(0)

▲家族△ 胸のつぶれるような思いを超えて


タイトル:胸のつぶれるような思いを超えて
担当:瀬尾 真一郎
----------------------------------------------------


私は希望を失った人、自信を失った人の力になりたい、
勇気づけたいとの思いからカウンセラーになりました。

というのも、
私自身が不安を心に沢山抱えてしまう性格で
自分自身に自信がありませんでしたから。

小さい頃の私は神経質で理由もなく眠れない夜が
度々あったんです。
冷蔵庫の扉を寝る前に閉め忘れたのではないかとか、
トイレの電気を消し忘れたのではないかと気になって
何度も寝る前に確認するような子どもでした。

今思うと、親には扱いにくい子どもだったのだろうと思います。

両親には迷惑をかけたし、
心配かけたし、
大学も出してもらったし、
たくさん愛情ももらいました。

でも、その時は両親がどんな気持ちで、
育ててくれていたか分からなかったんです。

カウンセラーになって、
父親の気持ちを聞こうと思うまでは。

父親は中小企業のサラリーマンでした。

実家の前には線路があって、
そこに小さな陸橋があります。

その陸橋を父親は毎日、
軽自動車で渡って仕事に行っていました。

陸橋を超えて、下っていく頃になると、

「胸がつぶれるような思いを感じていた」

「仕事は辛かった」

「でも、天命だと思ってとにかくやるしかなかった」

と言われました。

何の問題もなくサラリーマンを勤めていたと思っていましたが
実はとてもプレッシャーを受けていたんです。

中でも倒産の危機があったときは、辛かったらしく。

「会社がつぶれるかもしれない時は必死だった」
「自分の全てを捨てても何とかするって決意していた」

そんな気持ちを打ち明けてくれました。

その甲斐あって、会社は倒産を免れたのですが
そんな事も知りませんでした。

「天命だと思って引き受けると言った政治家がいたろ」
「あれは、天職だから喜んでやるって事じゃなくって」
「天が与えてくれた仕事だから、辛くてもやっていく」
「って決意だと思うよ」

「どんな事にも何とかしようと思っていたら知恵が出る」

「後ろ向きな気持ちでは知恵なんか出ない」

「だから、お前も頑張れ」

そう言って、落ち込んでいた私を
励ましてくれました。

びっくりしました。

今までは、これしろ、ああしろとか、
それじゃ駄目だとか、
どんな事があっても仕事は辞めるなとか
頭ごなしに言われてましたから。

だから気持ちは反発していたんです。

でも、初めて父親に気持ちを話してもらって
嬉しかった。

そして、悩んでいた私の気持ちも
スッキリしたのを覚えています。

自分が苦しい時
他人がうらやましかったり
もっと良い道があるんじゃないかって
探してしまいますよね。
そのこと自体は問題ないと思います。

でも今、目の前にあることに全力で挑戦しないまま
諦めてしまうと、成長はありません。

そのことを父親は言いたかったんだと思います。

目の前に現れた、心配事、困った事、いやな事、いやは人、
したくない仕事は全部、壁なんだ。

壁ってどうしようもないことじゃない

行き止まりじゃない

壁って乗り越えられるものなんだ

それを教えてくれたように思います。

すごく悩んで、苦しんで、分かったことは
自分だけの財産です。


壁を乗り越えた人にした分からないことがある

それは、自分の成長、他人の幸せを喜べる心、自尊心、
何事にも揺るがない自分を手に入れられるということ。

悩むって、悪い事じゃないんです。

悩めるってことは、前進のために必要なことなんだって
必死に悩んでみたら見えることがあるのです。

楽をしていたのでは決して辿り着けない領域に行ける
切符を手にしているということを教えてくれたんだと思います。

そんな、父親の胸のつぶれるような思いを超えて
今、自分たちがいるんだなぁって思いました。

もしあなたが、胸がつぶれるような思いを抱えているとしても
必ず乗り越えられると私は信じています。

一緒に胸がつぶれるような思いを超えて行きましょう
[PR]

by exkokoro | 2010-11-03 16:10 | 家族 | Comments(0)

シェルターからの帰還



タイトル:忘れられないカウンセリングエピソード
コラム:舞原 惠美カウンセラー
----------------------------------------------------

「人は自ら苦しみを選ぶこともある。」

と言ったら、どう思われるでしょうか?


苦しみは、大まかに言ってしまうと、「思い通りにならない」事から生じますよね。
自分の欲求と現実のギャップが苦しみの種になります。

自ら苦しみを選ぶとは、このギャップを大事に抱えていることなのです。
これを執着と呼んだりもします。
いくら努力してもどうにもならないと分かったとき、それでも諦められない気持ちです。


「あきらめる」…元来の意味は「明らかに見極める」だそうですが、難しいですよね。

だって、これからのことなんて誰にも分からないじゃないですか。
世の中で「絶対」なのはいつか死ぬことだけなんだから。
どうにもならないなんて、なんで分かるの。
1000回ダメでも1001回目はうまく行くかもしれないし!

こんな気持ちで、諦めないで物事に取り組み、成功することはもちろんあります。
だから見極めが大事ですよね。(どうもうまくいくときっていうのは、状況がどんなに厳しくてもあんまり苦しくない、むしろ楽しめるもののようですよ。エジソンさんなんかは何百回実験に失敗しようとも、いつも次はどうしようかとわくわくしてたそうです。)


そう、これからどうなるかは分からない。
これが希望ともなり、無間地獄の種ともなることがあります。


例えば、恋人に別れを告げられたとしましょう。

離れていったあの人が、いつか戻ってくるかもしれない。
一旦拒否はされたものの、いつかまた自分を受け入れてくれるかもしれない。
いつかは思いが報われるかもしれない。だって、こんなに好きなんだもの。
いつかは…


もちろん可能性はあります。
そこで、理性や知性のある私たち人間は、
あきらめないことで得ることの可能性と、
あきらめないために失っていることの可能性

(他の人との出会いがあっても目に入らない、待ってる間にどんどん年をとっていく、など)
を天秤にかけて、自分にとって大切なほうを選ぼうとします。


でもね~。
冷静に考えればあきらめたほうがいいと頭ではわかっているけど…
そのとおり、さっさとできれば悩みはしないんですよね。
かくいう私もまさしく執着の権化でした。(コラム「浮気男と尽くす女」をご参照ください。(^_^;))


なぜ手放せないのでしょう。こんなに苦しいのに。

「苦しむ」ことで相手とつながっていたいのです。
「痛む」「悲しむ」「恨む」ことで、心の中に相手の存在を残しておきたいのです。


人と一緒にいることで自分に価値を感じている人は、「自分には価値がない」と思いたくないし、
自信のない人は、「こんな私にはもう手に入らない」と、過去に手に入ったものにしがみついてしまい、
怒りを感じている人は「苦しみ」を手放してしまったら、
相手を責める理由がなくなって気持ちのやり場がなくなると思い、
投資したエネルギーと時間を無駄にしたくないと空しい努力を続けることで、
失敗した恥ずかしさを認めなくても済む…。

心にぽっかり穴が開いてしまう空虚感より、
苦しみでもいいから埋めておいたほうが、生きてると感じられたりするのです。



手放すこと、あきらめることは、易しい作業ではありませんね。
ある意味、こんなことはしないで、しがみついているほうが楽なのですね。

向かい合うにはあまりに辛いものを、避けることのできるシェルターと言えるかもしれません。
その中で生きていくのが悪いわけではない。心を守るために必要な時もあります。
そしてまた、勇気を出して飛び出し、もう一度歩みだすことが必要な時もあります。


ご相談者のなかに、果敢にこの「手放し」に取り組んでいる方がいらっしゃいます。
何度もくじけそうになり、「無理だ~」と投げ出してしまいそうになりながらも、
そのたびに、この「シェルター」から現実への帰還を果たそうと挑戦を続けていらっしゃいます。
それは、「自分を大切にする」選択をし続けるということでもあります。


その方は、「自分を大切にする」とはどういうことか分からない状態からの出発でした。
自分のことが信じられないと、不当な扱いを受けていてもそうとは感じられなくなってしまいます。
その方は、徐々にその感覚を取り戻す努力を根気よく続け、
見たくない自分とも向き合い、コツコツと歩んでいらっしゃいます。

粗末に扱われたりすると、以前は怖くて怒りを感じることさえ抑えつけ自分を責めていたけれど、
今は、ちゃんと怒れるようになりました。


決してスムーズにちゃっちゃと進んでいるわけではありません。
行きつ戻りつしながらも、
「自分を大事にできるようになるぞ」という、その方の決意がカウンセリングを支えています。
そのけなげさに、いつも私は励まされます。
人にはこんな底力があるんだと、誰の中にもある「自分を信じる力」への確信が深まります。

どのご相談もひとつひとつ、深い想いを感じて忘れられないのですが、
これは長期的取り組みとなった最初のご相談であり、
戦友のように共に歩んだ体験が深く心に残るカウンセリングとなりました。
[PR]

by exkokoro | 2010-09-29 00:00 | 恋愛 | Comments(0)

カウンセリングのときに自分を支えているもの【思い込みを外す】


タイトル:カウンセリングのときに自分を支えているもの【思い込みを外す】
担当:瀬尾 真一郎
----------------------------------------------------


いつも人に言われていたのは
お気楽そうだよね。何を言われても応えないんだからな。
自分でも型に嵌まったことがきっちり苦手。
適当にその場、その場に合わせて適当にやっているのが
自分だと思い込んでいました。

完璧主義とは無縁の性格でいい加減な人ね。
そう、嫁さんにも言われてました。

そうだよな。完璧なんて無理だよ。人間なんだもん。
そう思っていましたし、そんな人が苦手でした。
私は適当人間としての自分に満足していたのです。

でも、なぜかいつも適当にやっている筈なのに
苦しい、しんどい、圧迫感、イライラ
を感じるのだろうと疑問に思っていました。

そしてなぜこんな事をやらなければいけないんだ。
細かい仕事なんて嫌いだー
こんな事自分には合っていないんだ。自分の仕事ではないんだ
と思っていたんです

でも、カウンセラーを目指して勉強する中で、自分の思いを話して
いくうちに見えてきたものがあります

それは、自分は適当人間ではなかった。
ということでした。

完璧なんて出来ないと思いながら、いつの間にか完璧主義になっていたのです
失敗することが怖かったのでいい加減さをアピールしたり、
その事自体から逃げたりしていたんです。

失敗すると大変なことになると心の奥では思い込んでいたのでした。
でも、本当に大変なことになる失敗ってどれだけあるでしょう。
失敗は誰でもするものです。
失敗に対してどう反応し、どう行動してフォローするかで
その責任を取れるのです。それで失敗は成功に変わります。

でも、失敗してはいけないということであれば、
その責任は成功するしかありません。

失敗してはいけない、完璧でなければいけないと心の奥底は
感じていながら、自分は完璧にできないことで苦しんでいたんですね。

失敗する権利は誰にでもあるんだよという言葉が
私の思い込みを外させてくれました。

今、あなたは焦っているように見えるよ。
あなたが苦しんでいることは、本当にあなたがやらなければならないことなの。
失敗することは誰でもあって、自然なことなんだよ。
あなたはそれでいいんだよ。
どんなことにも正解はないんだよ。

そんなあたたかい言葉で援助を差し伸べてくれたカウンセラーがいたから
理解してもらえた。救われたと感じて思い込みを外すことができたのだと思います。

私のカウンセリングを支えているのは、そんなあたたかさを
相談者の方との間で感じること、それ以上の喜びはありません。

その為にも毎回、本気で全力投球です。

お互いの中の思い込みに囚われず、自由に客観的になんでも話しても大丈夫。
安心できる場で話ができ、お互いに成長できることにワクワクするのです。

だって、いつでも再出発は可能なんだから。
[PR]

by exkokoro | 2010-08-25 16:04 | カウンセリング | Comments(0)

ジェラシーの嵐から脱出

タイトル: ジェラシーの嵐から脱出
担当: 瀬尾 真一郎カウンセラー
----------------------------------------------


以前、人生に失望して、そのせいで失恋してしまった私は
もう人を好きになることはないと思っていました。

あんなに好きになった相手に二度と巡り合えることはないだろう。
あんなに好きになった相手を傷つけてしまった自分には人を好きになる資格なんてない。
自分を好きになってくれる人なんているはずはないと勝手に思い込んで心を閉ざしていた時期がありました。

でも本当は人を好きになってしまってもいずれ又相手が去っていくのではないか。
好きになっても相手にされないのではないかという不安でいっぱいだったのです。

それならいっそ1人でいた方がましだと思っていたんですね。
そして自分の殻に閉じこもってせっかく話しかけてくれた女性が居ても、心を開かない根暗な生活をしていました。

そんな折、彼女に出会いました。

私の固まった心をほぐしてくれるような楽しさを持った人でしたので、少しずつ彼女に心を開くようになっていきました。

この時感じたのは、もう誰も好きにならないだろうと思っていたのに
また人を好きになることができたんだ~という実感と喜びでした。

でも、そんな明るく人を惹きつける性格の彼女は直ぐに彼氏ができてしまったのです。
それから彼女に連絡がつかなくなってしまい、彼氏と同棲していることを知ったのです。

私は嫉妬と落胆で腹がざわざわと煮え立って、他の男と暮らしていることを考えると
心の中はジェラシーの嵐が吹き荒れたのです。

でもある日鏡を見ると自分はなんて不幸をアピールしている顔だんだろうと思いました。
今考えると当然の結果なんですよね。
自分を磨くこともしないで、やっと好きになれたのだから相手も好きになって当然だ
と、ゆがんだ認識だったのですから。

そして気がついたのは、その人本人が好きなんじゃないのかも。
前に失恋した彼女の姿をその人に移してみていたのじゃないのだろうか。
ということでした

考えてみると、好きになった人には共通したところが沢山ありました。

明るく前向きで愚痴を言わないこと。
笑顔が印象的なこと。
気さくに誰とでも話をしていること。
八方美人なところ。
ノリがいいところ。

そんなところは自分があこがれている性格だったんです。
だから好きになったんですね。

そして、もう一つ分かったのは、
そんな性格の人とは自分はうまくいかないということでした。

それが分かってしまうと、気持ちがスッキリしました。
ジェラシーの嵐の後に感じたのは、もう一度人を好きになる気持ちにさせてくれたことへの感謝でした。

改めて周りを見てみると、他に異性はたくさんいるのです。

自分が決めた狭い選択肢で、色眼鏡をかけて異性を見るのではなく
もっと自由になってみようと思いました。

沢山の人と話してみようと思いました。

相手に好きになってもらえれば最高だけど、
好きになってくれなければそれは仕方がない。


そんな思いで異性に接すると、自分も相手も気持ちが楽なのではないでしょうか。
これは心理学を勉強して分かったことです。
[PR]

by exkokoro | 2010-08-13 16:24 | 恋愛 | Comments(0)

Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - ヘルプBB.exciteWoman.exciteエキサイト ホーム