Excite ブログ

<   2011年 04月 ( 7 )   > この月の画像一覧

大切なものを失われた方へ


タイトル:大切なものを失われた方へ
担当:長谷川 さとみ
----------------------------------------------------

今回の大震災で、家族や友人、知人など
大切な人をいきなり亡くされた方、
また、家や学校、会社など町ごとが一瞬で
流されてしまい被災されておられる方々、
心よりお見舞い申し上げます。


実はあの日、私は関東のある場所にいて
激しい揺れを体験してしまいました。
交通機関はストップし、大阪に帰れなくなり
ある施設で夜明かしをすることになりました。

そのときは、まさか『戦後最悪の自然災害』
と言われるほどの事態になるとは
思ってもみなかったのですが…

すでに一ヵ月が経過して、復興に向け様々な取り組みが
行われていますが、未だに大きな余震が続く中
被災地の皆さんの身体的、精神的負担は
計り知れないものになっていることでしょう。


大切な家族を、友人や知人をいきなり失ってしまったとき

「何にも悪いことしてないのに、どうして…」
「何故、自分は生き残ってるんだろう…」

こんな思いで生きていかなければならない事実が
重く重く自分にのしかかってくるのではないでしょうか。

ある日のTVニュースでは、家族を亡くされた方が
「うそだ、うそだー」と叫びながら
その場に崩れる姿が映し出されていました。

私も同じことを叫びながら崩れ落ちたことを
思い出し、とても胸が苦しかった。

突然主人を失った時、どうかうそであってほしい。
悪い夢であってほしい。
時間が戻ってくれたら・・・

そう、思わずにはいられませんでした。

その方は、「もっと早く通報していたら助かった?」
「私のせいなんだ…」と、
ドクターに訴えるように聞いていました。

ドクターは、
「通報が早くても間に合わなかったと思います。」
辛い言葉を苦しそうに伝えていました。

自分を責める気持ち、
「もっと早くこうしていたら…」
「自分が助けられなかった…」

こんな自責の念が自分自身を縛りつけて
生きていることが苦しくてたまらないのです。


最近の新聞ではご遺族の方が当時の辛い体験を
振り返っておられる記事を目にします。

苦しくて、思わず涙が流れますが
どんなことがあったのか、私も知る必要があると思い
記事を読んでいるのです。

世間では、一日も早い復興をと盛り上げています。
『みんなで力を合わせてがんばろう』

それが大事なことだと、わかっています。

立ち止まってはいられないことも、
がんばって生きるために前に進むことも、
頭ではちゃんとわかっているんです。

でも、
一瞬で大切なものが奪われた喪失感。
どこにもぶつけることが出来ない悔しさ。
何も出来なかった自責の念。
目に見えない原発に怯える不安。

まだまだ収まらない気持ちがたくさんあるでしょう。

周りが復興に向けて動き出しても
どうにもならない気持ちを抱えたまま
何だか自分は取り残されたように感じてしまう、
こんなことはないでしょうか。


今はまだ、そんな気持ちを抑え込まず
叫びたいだけ叫んでいい。
泣きたいだけ泣いていい。
と、私は思います。

がんばらなくてもいい。
強くならなくてもいい。

何故なら、
人は誰の中にもがんばれる強さがきっとある。

歩き出すことを自分で選ぶ、
そんなチカラが自分の中から
じわじわと湧き起こってくる『そのとき』が
きっとくると、私は思っています。


ただ、『そのとき』は人それぞれ違うのでしょうが…

だから、どうか抱えきれない気持ちを
聴いてあげてほしいと思います。
ただ、黙って聴いてもらえるだけでいいのです。


【大切なのは人間の命、それさえあればいい】
新聞で掲載されていた被災者の方のお言葉です。

どうか、どうか諦めないでほしいのです。
あなたの『そのとき』はきっとくる。

泥まみれになった思い出のかけらたちを集めて、
亡くなった大切な人の分まで生きようとする
『そのとき』がくることを私も信じて
応援させて頂きたいと、心から思います。

温かい家でご飯が食べられる自分は、当たり前であって
当たり前ではないことを胸に刻みます。


毎日のように続く余震、長期化する放射能の危険。
まだまだ深刻な状況が続くようですが、
被災地の皆様の
心と体が健康に保たれますよう、お祈りいたします。
[PR]

by exkokoro | 2011-04-16 13:18 | 東日本大震災 | Comments(0)

大切なものを失われた方へ



タイトル:大切なものを失われた方へ
担当:長谷川 さとみカウンセラー
--------------------------------------------------------

今回の大震災で、家族や友人、知人など大切な人をいきなり亡くされた方、
また、家や学校、会社など町ごとが一瞬で流されてしまい被災されておられる方々、
心よりお見舞い申し上げます。


実はあの日、私は関東のある場所にいて激しい揺れを体験してしまいました。
交通機関はストップし、大阪に帰れなくなり、ある施設で夜明かしをすることになりました。

そのときは、まさか『戦後最悪の自然災害』
と言われるほどの事態になるとは
思ってもみなかったのですが…


すでに一ヵ月が経過して、復興に向け様々な取り組みが行われていますが、
未だに大きな余震が続く中
被災地の皆さんの身体的、精神的負担は計り知れないものになっていることでしょう。


大切な家族を、友人や知人をいきなり失ってしまったとき

「何にも悪いことしてないのに、どうして…」
「何故、自分は生き残ってるんだろう…」


こんな思いで生きていかなければならない事実が
重く重く自分にのしかかってくるのではないでしょうか。


ある日のTVニュースでは、家族を亡くされた方が
「うそだ、うそだー」と叫びながら
その場に崩れる姿が映し出されていました。


私も同じことを叫びながら崩れ落ちたことを思い出し、とても胸が苦しかった。

突然主人を失った時、どうかうそであってほしい。
悪い夢であってほしい。
時間が戻ってくれたら・・・

そう、思わずにはいられませんでした。

その方は、「もっと早く通報していたら助かった?」
「私のせいなんだ…」と、
ドクターに訴えるように聞いていました。

ドクターは、
「通報が早くても間に合わなかったと思います。」
辛い言葉を苦しそうに伝えていました。

自分を責める気持ち、
「もっと早くこうしていたら…」
「自分が助けられなかった…」

こんな自責の念が自分自身を縛りつけて
生きていることが苦しくてたまらないのです。



最近の新聞ではご遺族の方が当時の辛い体験を
振り返っておられる記事を目にします。

苦しくて、思わず涙が流れますが
どんなことがあったのか、私も知る必要があると思い
記事を読んでいるのです。

世間では、一日も早い復興をと盛り上げています。
『みんなで力を合わせてがんばろう』

それが大事なことだと、わかっています。


立ち止まってはいられないことも、
がんばって生きるために前に進むことも、
頭ではちゃんとわかっているんです。

でも、
一瞬で大切なものが奪われた喪失感。
どこにもぶつけることが出来ない悔しさ。
何も出来なかった自責の念。
目に見えない原発に怯える不安。


まだまだ収まらない気持ちがたくさんあるでしょう。


周りが復興に向けて動き出しても
どうにもならない気持ちを抱えたまま
何だか自分は取り残されたように感じてしまう
こんなことはないでしょうか。


今はまだ、そんな気持ちを抑え込まず
叫びたいだけ叫んでいい。
泣きたいだけ泣いていい。
と、私は思います。

がんばらなくてもいい。
強くならなくてもいい。
何故なら、
人は誰の中にもがんばれる強さがきっとある。


歩き出すことを自分で選ぶ、
そんなチカラが自分の中から
じわじわと湧き起こってくる『そのとき』
きっとくると、私は思っています。


ただ、『そのとき』は人それぞれ違うのでしょうが…


だから、どうか抱えきれない気持ちを
聴いてあげてほしいと思います。
ただ、黙って聴いてもらえるだけでいいのです。


【大切なのは人間の命、それさえあればいい】
新聞で掲載されていた被災者の方のお言葉です。


どうか、どうか諦めないでほしいのです。
あなたの『そのとき』はきっとくる。


泥まみれになった思い出のかけらたちを集めて、
亡くなった大切な人の分まで生きようとする
『そのとき』がくることを私も信じて
応援させて頂きたいと、心から思います。

温かい家でご飯が食べられる自分は、
当たり前であって
当たり前ではないことを胸に刻みます。


毎日のように続く余震、長期化する放射能の危険。
まだまだ深刻な状況が続くようですが、
被災地の皆様の
心と体が健康に保たれますよう、お祈りいたします。
[PR]

by exkokoro | 2011-04-16 00:00 | 東日本大震災 | Comments(0)

痛みよさようなら


タイトル:痛みよさようなら
担当:長谷川 泰三
----------------------------------------------------


今回は私自身のセラピー体験をお話ししましょう。

私自身が12年前にカウンセリングしてもらったときの話しです。

私達の心と身体は大き く影響しあっています。

カウンセリングをしていると心の問題が身体の問題になって出ている場合が多くあります。

今回のテーマは「痛み」と心についてです。

私は20年前に交通事故 で脊髄を損傷し、それが原因で両足がマヒして車椅子に乗っています。

当時の私にとっては、車椅子の生活をしなければならないことはとても大きな問題だったのですが、実は問題はそれだけではありませんでした。

その後、私は「死ぬほ ど痛い神経痛」にずっと悩まされることになったのです。

その神経痛は10日に1 回くらいの間隔で私の右足を襲いました。

一度痛くなってしまうと、どんなに強い痛み止めでもその痛みを抑えることはできません。叫び声をあげるような激痛が丸一日は続きます。

車椅子の生活には時間とともに慣れることができたのですが、この「神経痛」の痛みには慣れることはできませんでした。

いつ襲ってくるのかわからない神経痛、それはまるでいつ爆発するのかわからない時限爆弾を体に抱えて生きているような感じでした。

最初はこまめに病院に 通い、神経痛に効くと聞けば色々な治療法も試してみましたが、効果はありませんでした。

大量の痛み止めを持ち歩き、痛みがおきそうになると持っている痛み止めを全部使い果たす。それでも痛みはおさまりませんでした。


「病院なんて行ってもしかたないし…どうせ治らないんだ!」


病院へは薬がなくなっ た時に、痛み止めをもらいに行くだけになりました。

私は捨て鉢になっていました。

私にとって痛みを治すことをあきらめるということは、同時にたくさんのことをあきらめるということでした。

旅行先で神経痛が襲ってきたらどうしようと思うと旅行にも行けません。

デートは?仕事は?何もできなくなってしまう、という恐怖は言葉にはできないくらい大きなものでした。

その恐怖が私に大量に痛み止めを使わせました。

薬の副作用で体はガタガタになり、内臓にも悪い影響がではじめました。

「長谷川さん顔色悪いよ」と言われることが多くなり、周りの人もずいぶん心配してくれました。

そんなある日お世話に なっていたカウンセラーが私が苦しんでいることを知り電話をかけてきてくれました。


「そろそろ神経痛のセラピーを行ってみませんか?」

「せっかくですがセラピーで治るとは思えないんです」

「そうとも限らないよ」

「色んな所に行ってみましたが、全然だめだったんです」

「でも、心理療法はまだやってないでしょ?」

「ええ」(あまりにも激しい痛みのため、心理療法で治るとはそうなんて考えもつきませんでした)

「本当によくなるんですかね」

「心の力って案外すごいものだよ」


カウンセラーの言葉に 半信半疑ながら、面談カウンセリングをお願いしました。

数日後、カウンセリン グルームに出向いた私は正直に気持ちを話しました。


「あまり期待はしていないのです」

「どうしてですか?」

「期待してダメだったことが多かったもので」

「裏切られることが多かったんですね」

「そうです。だから期待しないようにしているんです」

カウンセラーはカウンセリングの中で神経痛の痛みのつらさや、それを抱えているためにどこにも行けなかったこと、いつ襲ってくるかもしれない痛みに対しての不安などを根気よく聞いてくれました。


「もう死にたいって思ったことが何度もあるんです」

「それは辛かったですね。その足がそんなに痛むのですか?」

「こんな足なんか切って捨ててしまいたいって思いました」

「でも、その足はあなたの一部なんですよ」

「でも憎い!でも憎い!こんな足なんかなくなってしまえ!」


私は自分の右足を叩いていました。

しまいには涙が出てきて止まらないようになり、ワンワン泣きながら力いっぱい右足を叩きました。

この足が悪い!この足が私を苦しめる!まともに歩くこともできない上に私をただ痛めつけるだけの足なんか切り落として捨ててしまいたい!

その時、カウンセラーが私に意味不明なことを言ったのです。


「長谷川さん、もしそんなにひどい痛みをあなた自身が望んでいたとしたらどうしてだと思います か?」

「そんなことは絶対にないです。 あるはずがない!」

「あなた自身も気付いていないかもしれませんが、その痛みに目的がある
としたら....」

「私はあなたの言っていることがよくわかりません!」


私は怒りをカウンセラーにぶつけました。

この人も私のことを分かってくれない!私自身が自分の足を痛めつけてるだなんて、そんなことあるはずがない!


「長谷川さん、もっと以前、子供の頃に大きな病気やケガをしたことはありませんか?」

「子供の頃は小児ぜんそくにかかっていましたけど....」

「小児ぜんそくですか。どんな時に発作が起きたか覚えていますか?」

「あまり覚えていません。小児ぜんそくと神経痛は関係あるんですか?」

「はい、多分関係があると思いますよ。少し子供の頃のお話しを聞かせてもらえませんか?」

「子供の頃のことですか....」


私はそれまで、あまり他人に子供の頃の話をしませんでした。

思い出すと嫌な感じがして、またあの時代が戻ってくるような気がしたからです。

4才のときに両親が離 婚したこと、親戚や母親の友人に預けられていたこと、母親の再婚、新しい父親とうまくいかなかったこと、小学生の頃からアパートで一人暮らしをしていたこと、ずっと寂しかったこと…そんなことを話していると涙が出てきてしかたありませんでした。


「ずっと寂しかったんですね」

「…」

「長谷川さんの痛みの原点を探すためにやってみたいことがあるんだけどいいかな?」

「どんなことをするんですか?」

「心が持つイメージの力を借りるのです」

「イメージの力ですか?」


私はベットに横たわり目を閉じました。


「長谷川さん、今、足は痛くありませんか?」

「少ししびれが強くなってきました」

「他に痛みを感じる部分はありませんか?」

「胸の部分が少し」


私はそう言いながら「足と胸(ぜんそく)」が関係しているかもしれないと思いました。


「では、それを感じていてください。感じながら何か思い浮かぶものはありますか?」

「子供の頃…多分4才の頃に住んでいた家だと思います」

「誰かと一緒にいますか?」

「いえ、一人でいます」

「その子は一人で何をしていますか?」

「せきをしています」

「では、そのせきをしている4才のあなたの気ちを感じてみてください」

「はい…とても不安で寂しい感じがします」

「その子は何か言いたがっていませんか?」

「はい。でも我慢しなきゃいけないって思っています。だんだん足が痛くなってきました」

「その子は何を言いたがっていますか?」

「助けてって言うのを我慢してます」

「その子に言ってあげてください“我慢しなくてもイイんだよ”って」

「ダメだ!言っちゃダメなんだ!お母さんが困るから…足が痛い!痛い!う~痛い!」

「長谷川さん、助けを求めてイイんですよ!言ってあげてください。その子のために“助けて”って言ってあげてください」

「うー痛い!痛い!痛いー!お母さん助けて」


気がつくとカウンセラ ーが私の足をさすってくれていました。

そしてもう足の痛みは消えてなくなっていました。

あなたにとって『痛み』というのは助けを求める声だったんですね

「確かに私は母親に助けを求めない子供でした」

「なぜだったか分りますか?」

「母親が困ってしまうような感じがあったからです」

「やさしい子供だったんですね」

「母親もがんばっていましたから、私ができることは『がまん』くらいしかありませんでした。助けを求めちゃいけないと思っていたんです」

「子供のころは喘息の発作... 大人になってからは神経痛... 長谷川さんが辛くて助けて欲しいとき、そしてそれを我慢したときにそれがおこるみたいですね」

「たしかに、そうですね」

「簡単にいえば助けを求めない分、足が痛くなるということです」

「はあ、ということはちゃんと助けを求められれば神経痛がなくなるということですか?」

「そうかもしれません。どうですか、やってみる価値はありませんか?」

「ええ、それで神経痛が治るのならやってみたいと思います」


このカウンセリングをきっかけに、足の痛みは私を苦しめるものではなくなりました。

何よりもよかったことは、周りの人達と深くつながることが出来るようになったことです。


「神経痛よありがとう!私に助けを求めることを教えてくれて、ありがとう さようなら」
[PR]

by exkokoro | 2011-04-13 19:45 | 心とからだ | Comments(0)

親父の勲章


タイトル:親父の勲章
担当:長谷川 泰三
----------------------------------------------------

かなり前の話しですが、当時おこなっていた無料電話カウンセリングに
こんな電話がかかってきました。

あの~え~っと 別に何でもないんですけど
(別に何でもなかったら、ここには電話してないハズ...)

「あの~ 仕事の問題って聞いてもらえるんですか?」

「ええ、どんな事でもお伺いしますよ。さてどんな問題なのでしょうか?」


その方は30代の男性で、3ヶ月前に仕事を辞めてから仕事に対して意欲的に向き合えなくなってしまったというお話しでした。

仕事を探さなきゃって思っとたんに吐き気がして、ときには本当に吐いてしまうこともあるのだということでした。


「すいません。こんな話しで... 情けないというか...」
 

彼は私に対して本当に申し訳なさそうに話すのでした。


「そんなに自分を責めてはダメですよ。何か郵便ポストが赤いのも俺のせいって感じですね(笑)」

「ははっ(笑)そうですね。最近、友人にも『お前ごめんなさい星人か!』って言われています」


最近の彼は誰に対しても『ごめんなさい、ごめんなさい』っていうので、友人から“ごめんなさい星人”とあだ名をつけられたそうです(笑)。

それからお互い45分間気楽な感じでいろいろな話しをして、彼は私を気に入ってくれたようです。


「長谷川さん、会ってお話しはできませんか?」

「面談カウンセリングをしたいということですか?」

「はいっ、ぜひ会ってお話しをしてみたいのですが...」


それから数日して彼は大阪のカウンセリングルームへやってきました。

彼は会ったとたんに引きつった笑顔で『すいません』といいました。


「どうしてあやまるのですか?」

「何か自分が悪いことをしているようで...」

「何か悪いことでもしているのですか?」

「イヤっ別に悪いことはしていないのですが、仕事をしていないってことがすごく悪いことをしているみたいで...」


彼は背広が似合うとても真面目そうな青年でした。


「3ヶ月前まではどんな仕事をされていたのですか?」

「はいっ、外資系の会社で営業をしていました」

「外資系の会社で営業ですか。忙しくはなかったですか?」

「それは... 口では言えないくらい忙しかったです。ちゃんと寝るヒマもなかったんです」


朝8時から夜中の11時まで、働いて、働いて、くたくたになって働いて... そんな数年間だったそうです。

彼はとても頑張り屋さんだったみたいで、会社からも認められてぜひ“リーダー”になってくれと言われた矢先に仕事に行けなくなってしまいました。


「会社を辞める前に、お休みをとったりはしましたか?」

「イヤっ、これ以上は迷惑はかけられないので辞めることにしたんです」


彼は以前、会社を無断欠勤したことがあるそうです。

その時も同じように仕事に行けず、その上家にも帰れない状態でどこに行くでもなく、街をウロウロしていたのだそうです。

3日間、会社を無断で休んだあとで会社に出向き「辞める」という彼を上司が引き止めてくれたのだということでした。

それから彼は一生懸命頑張り、会社の信頼も得て、さあ“リーダーに!”というところで今回の問題がおこったのです。


「以前も辞める、辞めないという問題をおこしていますので、今回はもう...」

「休むことは出来なかったんでしょうか?」

「サボる自分を許せないんです... 何か最低だって感じで...」

この罪悪感は普通ではないと思いました。

心の底で自分以外の誰かを責めているに違いない... 誰を責めているのだろう?


「今の彼方の状態って誰かに似ていませんか?」

「私の今の状態? 仕事に失敗して... 最悪って感じ... あ~っ、親父だ!」

「その親父さんのことを聞かせてもらえませんか?」

「え~っ、親父~ う~っ、あんまり考えたくない」
(そうか親父さんだったのか... キーワードは親父さんか...)


彼の親父さんは昔、仕事で大きな失敗をしたのだそうです。

惨めで、家族にも愛されずに最悪の親父... 

俺はリッパな男になるんだ! 成功するんだ!出世するんだ!「絶対に親父みたいになるもんか!」そう言い聞かせながら頑張ってきたのだそうです。


「お父さんが仕事に失敗されたのですか。そうだとしたら、貴方が大きな会社に就職したときお父さんは喜んでいたでしょう?」

「イヤっ、親父を裏切っているような感じがして..何かよけいに近寄りにくくなってしまって... 」


(そうか、親父みたいになるものか!って大企業に就職したとき、それが親父さんに対しての攻撃や裏切りみたいなものになってしまったんだな)。


「私は子供のころ親父に怒っていました。何でしっかりしてないんだよ~ 何でうちが貧乏なんだよ~ って思っていました」

「最近、その親父さんに似てきたって言われませんか?」

「よく言われます... 最悪ですが...」

「今の貴方だったら、親父さんの気持ちが分かるんじゃないですか?」

「・・・・・・・・」


私達はみんな子供ころに親に対して不満を持ちます。

まるでボクシングを観戦しながら“もっと頑張らんか~”“何やってんねん!”って言っているようなものです。

子供の頃の私達は“大人の世界”というリングを観客席から見ているだけでよかったのですが... 


「今、私がそのリングに上がっているんですね」


「そうです。その通り... もう親父さんと同じ世界に生きているんですよ。
だからなかなか思うようには出来ないってことが、今の貴方なら分かるハズですよ。やっと親父さんを理解できる年になったってことですか」


「たしかにそうかもしれません...」

彼にとって親父さんのようになってしまうのが人生最低で最悪のことだったのです。

それが彼の心の中でまるで“おばけ屋敷”のように恐怖の象徴になっていました。

(このおばけ屋敷をなんとかしないと...)


「少し親父さんのことを考えてみましょうか?」

「何だかイヤな感じがします。親父のことを考えると同じようになってしまいそうで」

「でも、親父さんを理解することで今の状況を抜けることができるとしたらどうでしょうか?」

「私もそんな感じがしてきました。親父を理解することが必要かもしれない...」

「では、イメージを使って親父さんを理解してみましょうか?」

「えっ、イメージを使うんですか? そんなことできるんですか?」

「出来ますよ。ここには親父さんはいませんから、貴方の記憶とイメージを使うんです」

「たしかに親父はここにはいませんもんね(笑)」

「では、軽く目を閉じて... 深呼吸をして...  リラックスして... 親父さんの若いころをイメージしてください。貴方が小さかったころの親父さんです。どんな親父さんが見えますか?」

「一生懸命働いてる親父が見えます... もうクタクタなのに.... 頑張ってる...」

「なぜそんなに一生懸命働いてるのでしょう?」

「わかりません。何故だろう?」

「イメージでその親父さんに『何故そんなに頑張るのですか』って聞いてみてください」

「・・・・・・・・」

「親父さんは何てこたえますか?」

「こっ、子供がいるんだ。あの子の為に頑張らなきゃいけないって...」

(彼は親父さんの愛を感じて泣いていました)

「親父さんにどんな息子になって欲しいですかって聞いてみてください」

「大きな会社に就職して、りっぱな男になって欲しいって言ってます」

「そうですか、貴方がりっぱになることは親父さんの夢だったんですね。だからイイ学校にも行かせてあげたくって一生懸命頑張ってるんだ」

「そうです。知っていました... イヤっ忘れていました」

「今の貴方がその若い親父さんを見て、何か言ってあげたいことってありますか?」

「あります! あります!」

「言ってあげてください」

「お父さんありがとう、お父さんありがとう、お父さんありがとう」


彼は親父さんに感謝という勲章をいっぱいあげたようです。

もう親父さんはおばけ屋敷ではなくなりました。

そして彼は今も大きな会社で働くべく頑張っていますが、それはもう親父さんを攻撃する為ではなく、 親父さんから夢のバトンをもらったイチロー選手のように晴れ晴れと仕事に向き合っています。

念願の彼女もできたそうです。

彼は親の心を理解して、本物の親になる準備をしはじめたようです。
[PR]

by exkokoro | 2011-04-13 18:20 | 家族 | Comments(0)

家族の絆


タイトル:家族の絆
担当:長谷川 泰三
----------------------------------------------------

和男さん(仮名)は30代半ばの男性で、
中学生の女の子と小学生の男の子のお父さんでした。


「娘が全然いうことをきかなくて...」


彼は中学生の娘さんが最近、反抗的で親子ゲンカばかりしていまうということを話してくれました。


「つい“カーッ”となって手をあげてしまうこともあるんです。自分でも最低だなって思います」

「そんな自分を責めているんですね」

「・・・・・・」

「どんな時によくケンカしますか?」

「はい... 大体が夕飯の時なんです」


彼の家では夕飯に関して絶対の“決り事”があるらしいのです。

それを最近、娘さんが守らないのでケンカになってしまうということでした。


「それで、その“決り事”って何なのですか?」

「そっそれは、7時に皆そろって“頂きます”ってやることなんです。へっ変ですか?」

「ははっ(笑) すいません、ごめんなさい。イイじゃないですか、皆でそろって頂きますですか」

「もう、笑わないでくださいよ。笑われるからあんまり人には言いたくなかったんです」

「すいません(笑) でもあったかくて、のどかな感じがしてイイと思いますけど」

「それが、あんまりのどかでもないんです...」


子供が小さい頃はまだ よかったのですが、娘さんも最近は友達との付き合いがあったりして
7時には帰ってこないときがあるのだそうです。


「夕飯に皆そろわないと幸せが崩れてしまいそうで、どうしてもきつく叱ってしまうのです」

「どうしてそんなに皆そろうことにこだわるのですか?」

「それは...」


和男さんは子供のころ 施設に預けられていたそうです。

家族というものを知らない彼は、自分の家族というものを強く求めたということでした。

そして早くに結婚をし 子供をもうけ、自分の家族というものを手にしたのです。

しかし、和男さんはど のようにして子供と関わっていけばイイのかが分からなかったそうです。

そんなときにある出来事を思いだしました。昔、友人に夕飯に誘ってもらったそうです。

家族が皆そろってワイワイガヤガヤいろんな話しをしながらとても楽しい食事だったそうです。

こんなに楽しい食事は初めてだと思った和男さんは皆がとても幸せそうに見えたのだそうです。

「なるほど、それで7時に皆で頂きますですか」

「自分には経験がなかったもので... きっと家族というものは皆で楽しく夕飯食べながら...
これが幸せなんだって思ったんです」


家族の幸せというものがどんなものか知らなかった彼は、両親からもらえなかったモノの中に
“家族の幸せ”があるんだと思いました。

休日は家族と一緒... 皆で旅行に行ったり... 遊園地に出かけたり... 本当に彼は頑張りました。

仲のイイ家族、幸せな家族を作るために一所懸命頑張ったのです。

彼が両親からもらえなかったモノを子供達に与えてきたの です。


「子供達が喜ぶと思ってやっていたんですが、喜ぶどころか鬱陶しいって言われる始末です」

「毎週、毎週じゃ子供達も友達と遊ぶヒマがないんじゃないですか?」

「はい、そう言われます。ですから休日に一緒にどこかへ出かけるっていうのはひかえています。
でも夕飯は一緒に...」

「それだけは譲れないのですね(笑)」

「はい... そして子供達は離れていくばかりなのです」


昨日も7時の夕飯に遅 れた娘を叩いてしまって、奥さんからも下の息子さんからも白い目で見られ、
娘さんは泣いてるし、最悪で最低の“頂きます”だったそうです。


「家族がうまく行かないのも私が施設育ちだからでしょうか?」

「どうしてそう思うのですか?」

「同じ施設を出た仲間達も家族のことで悩んでいる人が多いもので...」

「なるほど、それは自分が親に傷付いた分、子供に対して完璧な親にならなくてはいけないって
思うからではないでしょうか?」

「確かにそんな感じがします」


和男さんも完璧な親に なるために頑張っています。

親からもらえなかっ たものを一所懸命子供に与えようとしています。

それはとてもイイことなのですが、ただその原動力が“親に対しての恨み”というものだったとしたら
うまくはいきません。

そうなると加減がきかないのです。

やり過ぎてしまうのです。

イイことをしながらも同時に誰かを攻撃している... 片手で花束を持ちながらもう片手のピストルで誰かを
打っているようなものです。

和男さんは誰かを許す必要があるみたいですね

「えっ? 許す? 誰をですか?」

「貴方に家族の幸せというものを教えてくれなかった人ですよ」

「それは両親ということですか?」

「はい、そうです」

「両親... 残念ながらあまりお話しすることはありません。一緒にいませんでしたから」

「そうですね、そして一緒にいてくれなかったことを怒っていませんか?」

「今はもう怒ってなんかいません!!」

「そう言いながらも今怒ってませんか?」

「・・・・・」

「貴方は家族の絆を作るために頑張ってきました。とてもイイことをたくさんしてきました。
でもそれがうまくいかないときは“それをやっている動機”を考えてみてください」

「それは親が私にしてくれなかったからです! 私はずっと寂しい思いをしてきました。
私はあんな親にはなりたくありません!」

「確かに貴方は正しいことをしています。でもそこに恨みはありませんか?」

「・・・・・・」

「せっかくイイことをしているのに、親への攻撃を目的にしていませんか?」

「そうです! それがいけないのですか!!」

「いけないことはありません。しかしそうなると貴方は親として“やらねばいけない”ことが多くなるでしょうね。
それも完璧に、もし出来なかったらあの親と同じになってしまうと思うでしょうから」

「そうです。無責任な自分の親と同じにならないように頑張ってきました」

「それは私も認めます。本当に頑張ってきましたよね。でもうまくいかない...」

「はい、一体どうしたらイイのでしょうか...」

「そうですね。動機と目的を変えましょう

「そうするとうまくいくのですか?」

「はい、イイこと正しいことをしていてうまくいかないときは動機や目的を変えるとうまくいくも のですよ。
どうですか、やってみますか?」

「はい、それで家族がうまくいくならやります。一体どうすればイイのですか?」

「ではやってみましょう。方法はまかせてもらえますか? まあ簡単に言うとイメージの力を借りるのです」

「イメージの力ですか.. 」

「はい、心の中でお父さんやお母さんに出会っていくんですよ」

「何かイヤな感じですが、それで家族とうまくいくのならやってみます」

「軽く目を閉じて、大きく深呼吸をして... リラックスして.... 子供のころを思い出してくだ さい。
一番寂しかった、辛かったときのことです。何才の貴方が見えますか?」

「8才のころの私です... 施設に預けられて、皆にとけ込めずに一人でいます」

「その子の気持ちが分かりますか?」

「不安... 寂しい... お父さん、お母さんが恋しい...」

「その子の親になったつもりでその子供を見てあげてください。貴方のお子さんを見るように
その子を見てあげてください」

「・・・・・・」


彼は涙を流していました。


「今どんな気持ちですか?」

「この子を助けてあげたい! 抱き締めてあげたい!」

それが、貴方のご両親の気持ちですよ。そんなふうに貴方をどこかから見ていたんですよ」

「知ってます... いやっ、知らないフリをしていました」

「貴方のご両親も貴方を愛したくて、抱き締めたくて、でもそれが出来なくて辛い思いをしていたんでは
ないですか?」

「はいっ....」

「両親を求めている子供、子供を抱き締めたい親... 離ればなれになってしまったこの親子を
イメージで一つにつなげてあげましょう。 ご両親も貴方を愛したかったのですよ」

「はい...」

「小さな頃、まだ貴方がご両親と一緒にいたころを思い出してください。どこに住んでいましたか? 
お家の周りの景色を憶えてますか? 子供のころによく遊んでいた場所にその子はいます」

「はい...」

「小さな男の子に近付いていってください。そして、『一緒にお家へ帰ろうね』って言ってあげてください」

「はい... 泣きながら私に抱き着いてきます」

「その子の手を引いて、お家へつれて帰ってあげましょう」

「嬉しそうにはしゃいでいます」

施設を出た後、両親から連絡があり「会いたい」と言われたことがあったそうです。

でも彼は“何を今さら”と断ってしまったそうです。

子供のころは仕方ない事情で両親が彼を遠ざけました、でも今は彼が両親を遠ざけています。


「その子はずっと一人だったんですよ。誰かが迎えに来てくれるのをずっと待っていたんですよ。
懐かしいお家の玄関を開けて、その子と一緒に『ただいま!』って言ってください。
お父さんとお母さんに聞こえるように大きな声で...」

「ただいま! お父ちゃん、お母ちゃん、今帰ってきたよ。ただいま!」

「お帰りなさい... そんな声が聞こえませんか?」

「はいっ、聞こえるような気がします。とても懐かしい声が聞こえます.. 」


その後、彼はずっと遠 ざけていた両親に会いに行きました。


彼の両親は事業で失敗し、彼を巻き込むことは出来ないと考え泣く泣く自分の子供を手放したのです。

そして、ずっと彼を遠くから見守っていたのだそうです。

彼の家では相変わらず の“皆そろって頂きます”をやっているらしいですが、 娘さんが遅れて帰ってきても
笑顔で「お帰り」って言えるようになったそうです。

今では7時でも、8時でも笑顔で“頂きます”ができる家族になりました。

彼の心の中ではもう“ 皆で頂きます”は両親を攻撃するものではなくなったのです。

本当はそれを両親も望んでいたのだと感じることができ、両親からのバトンを引き継ぐことができたのです
[PR]

by exkokoro | 2011-04-13 17:03 | 家族 | Comments(0)

「できることをやる」姿



タイトル:「できることをやる」姿
担当:舞原 惠美 カウンセラー
----------------------------------------------
今回の東北地方太平洋沖地震により、災害に遭われた方、大事な方が被災された方、今も苦しい生活を余儀なくされていらっしゃる方、心よりお見舞いを申し上げます。
一日も早い救済と復興を祈っています。

今、これを見てくださっている方々の環境はいろいろだと思います。
私は奈良に住んでいますので、被害はほとんどありませんでした。
しかし、知人が岩手にいるので居ても立ってもいられない気持ちでした。
私の周りでも、阪神淡路大震災を経験している方が多く、何とか助けになりたいと思っていらっしゃる気持ちがぴりぴりと伝わってきます。

けれども、思うように駆けつけたり電話したり物を送ったりはできない現状。
何もできないと自分を責める気持ちで苦しく感じている方もいらっしゃるかもしれません。

その中でも、とにかくできることをやろうと動いた人たちの、私が心を動かされた姿をお伝えしたいと思って書いています。

「ああ、みんな、できることをしたいと思っているんだ!」


○震災の翌日12日の朝、ふたつの高校の学生たちが奈良駅前に立ち、大きな声で募金を呼びかけていました。その早い行動力に心を打たれました。
地方新聞によると、奈良駅だけでなく多くの駅前で高校生たちが同じように声をあげていたということです。

○78歳の母、体がよく動かないこともあり、普段は贅沢に電気を使っているのですが、電機ポットや電気毛布、エアコンを使うのをやめ、乾燥機や洗濯機のプラグを抜いて節電に努めています。

○息子はバンド仲間と一緒に、駅前で募金の為のストリートライブをやりました。
17日、雪のちらつく寒い夜でした。

○利用している奈良交通のバスの中で、最近席を譲る人の姿がめだちます。テレビのCMの影響もあるのでしょうか。この日本の状況下で人を思いやる心が呼び起こされているように感じます。親が席を譲るのを見ていた小学低学年くらいの女の子が、「私も」と立ち上がったのが印象的でした。

○イギリス、スペイン、中国、台湾の友人が「大丈夫か」との国際電話をくれました。
そしてその内の3人が「レッドクロス(赤十字社)に寄付するよ」と伝えてくれました。

○定期的にとっているメールマガジンが10近くあるのですが、その全部が被災地を救おうとする情報を発信していました。


「がんばれ日本」で検索すると、日本中でもこのような小さな「できること」をやっている人たちの姿を垣間見ることができます。感動と元気がもらえます。自分もやろうという力が湧いてきます。


私自身はどうかというと、今は
被災地にいる友人に電話はぐっとがまんしてメールを送る、募金する、節電する、しっかり仕事して税金を払う、くらいしかできていません。


復興には時間がかかります。

原子力発電所の状況も含め、二次災害の不安も広がっています。
大切なのは、今だけでなくこれからもずっと支援の気持ちを持ち続けることだと思います。時間の経過と共に、できることもまた変わっていきます。
一時的な気分で終わるのではなく、マスコミの報道が減ろうとも関心を持ち続け、自ら情報をとり、できることを続けていくのが、私たちにできる一番の支援だと思っています。

みんなで元気な日本を創っていきましょう!
[PR]

by exkokoro | 2011-04-06 00:00 | 東日本大震災 | Comments(0)

本当にネットでの恋愛でゴールインしていいのか(3)【その後】


タイトル:本当にネットでの恋愛でゴールインしていいのか(3)【その後】
担当:仁平 ゆみ子
----------------------------------------------------

【テーマ】本当にネットでの恋愛でゴールインしていいのか
【今回の視点】その後


ネットで知り合い、メールのやりとりから実際に会ってみた。
意外なこともあったけど、会うたびに二人の距離は近づいていく実感がある。
会っているとすごく楽しいし安心できる。
ずっと一緒にいたいなと思える人だ。

「このままいくともしかして・・・プロポーズされるかも?」
または、「このままいくともしかして・・・プロポーズすることになる?」
と思うのも自然なことですね。
相手のことが好きであればあるほど、ドキドキわくわく幸せな気持ちになります。

しかし、男も女もふとよぎる思い「本当にネットでの恋愛でゴールインしていいの?」

「ゴールイン」とはもちろん「結婚」ですね。
「結婚」とは、「自分の残りの人生を一緒に歩むパートナーを決めること、その人と新しい家族を作ること」なわけです。

このふとよぎる思いの陰には3つの意味があるのではないかと考えられます。

①ネットという一見安易なツールで自分の残りの人生を決めてしまっていいものか。

②ネットで知り合ったがゆえ、相手の素性で未知な部分が多いのではないか。本当にこの人に決めていいのだろうか。

③結婚そのものに対しての躊躇。結婚ってなんだか面倒くさそう。結婚して私不幸にならないか心配。



純粋に①だけの思いであれば、まったく気にすることはないですね。
数十年前まで日本は結婚適齢期というものがあり、結婚はみんながするものという社会の価値観があり、職場や周囲で世話好きな大人やおせっかいな大人が頑張って若者を結婚させるような雰囲気がありました。

のんびりしていてもいつのまにかその流れに乗って異性と知り合い結婚していた時代は、ある時期のプレッシャーあるものの自然な流れでほとんどの若者が恋愛して、またはお見合いで結婚していたのです。

ところが今は、結婚適齢期などという社会のプレッシャーはなくなり、周囲のおせっかいな大人も減り、職場恋愛結婚や人の紹介での恋愛結婚が激減。
よほど積極的な人でないと異性と知り合う機会が現実的にすくないという独身男女が多いことに驚かされます。

ネットで知り合い恋愛することは、これからも増えて行くことは確実で、現実にゴールインしているカップルが多いのも事実です。
純粋にネット恋愛でゴールインを迷うのだけであれば、全く問題がないと言えます。


②の場合、相手に対してのわずかな不安があるとしたら、ここはじっくりと考えてみる必要があります。

出会いから恋愛に流れる中で相手のマイナス面は必ず見えてきます。
それは考え方から日常のちょっとした癖、動作まで、気になることがあれば、そこはどう折り合えるか、自分が許せる範囲なのか、ということを相手とのコミュニケーションの中でよく検討しておく必要があります。

結婚して一緒に生活するとほぼ間違いなく、そのちょっとだけ気になっていたことが、実は大問題だったり、我慢できなくて爆発してしまうことになりかねないからです。
これは自分自身も同じことです。
自分の弱点、欠点をよく知っているかどうか。
相手のマイナス面とどうつきあうかということは、結婚前から乗り越えなくてはならない大事な課題です。

ただ、あらゆることには二面性があります
たとえば
慎重な人だな ⇔ いつまでもクヨクヨ悩む人だな
大らかな人だな ⇔ 鈍感でデリカシーがない人だな
親切で人がいいな ⇔ 断れなくてちょっと被害妄想な人だな
丁寧で几帳面な人だな ⇔ 神経質で面倒くさい人だな
頭が良くて行動が速い人だな ⇔ 短気で飽きっぽい人だな
自信があって頼もしい人だな ⇔ 傲慢なところがある自己中な人だな

結婚して10年以上たってしみじみとわかることもあるんですね。
徐々にものごとをかえていこうとする気の長さと優しさがある人はキャパシティが大きい。

気になること、知りたいことは我慢しないで口にだして伝えてみましょう。
もし相手が不機嫌になったり、隠す様子が見えたら、そこをあなたがどう感じるか、そこからコミュニケーションが深まっていくのです。

時にはぶつかってみることも必要かも。
相手に対する不安を解消するためには、不安に思うことを口に出し伝えることが基本ですね。
周りにいる信頼できる既婚者に会わせてみるのも、自分では気づかないことを指摘してくれるかもしれません。
相手の家族や友達にもどんどん会わせてもらいましょう。
相手の母親(または父親、兄弟姉妹)に対するものの言い方や、友達との接し方で今まで見えなかった相手の親子関係や素の人柄がわかったりします。

結婚してうまくいくかどうかは、「一緒にいて気持ちが楽になるかどうか、楽しめるかどうか、ずっと話していたい一緒にいたいと思うかどうか」が実は一番じゃないかなと思うのです。

そして一つでも心から尊敬できることが具体的にあること。
お互いに心から尊敬できる部分が具体的にあることは長い結婚生活で確かな支えになります。


さいごに結婚そのものに躊躇してしまう③は当然といえば当然。
結婚はメリットとデメリットで考えると、多くの方がデメリットと考えるのはよくわかります。

ひとりのほうがお金も時間も自由に使えます。
「パートナーと生活すると束縛され自由に出来るお金も時間も減って、我慢をたくさんしなければならないかも・・・」
「結婚したら相手の親族との面倒な付き合い、家事と子育てでヘトヘトになって仕事ができなくなるかも、自分が灰色に消耗していくだけかもしれない・・・」

こんなふうに結婚することで自分が今より不幸になる大きなリスクがあるなら、恋人同士の彼女と彼氏でいるほうがいい、今とくに困っていないし幸せだしこれでいいのでは、と思ってしまうのは無理もない。

ここで本気で生涯ひとりで生きていくほうが、自由で楽だ、灰色の結婚生活を送るくらいならひとりで自由に恋愛しながら生きていく覚悟を持つことは心からカッコいいと思う。

よく、今はいいけど老後が不安で寂しいから結婚する、と言う人がいるが、どうだろう。
結婚していたら老後は不安じゃなくて寂しくないのか? 疑問だ。
世の中の重大なことはすべてひとりでしなければならない。
生まれること、就職すること、学ぶこと、結婚すること、死ぬこと。

それでは、あえて結婚するメリットってなんだろう?

血も繋がっていない全く違う個性のもとにうまれついている男女が、恋愛して、決断して一緒に生きていく、家族を作っていくことで、自分の居場所を定め、精神的な豊かさを経験していくこと。
一緒に成長していける充実感を味わえること。ではなかろうか。

結婚相手に幸せにしてもらおうとか、何かを貰おうと期待しているとがっかりすることになるかもしれない。
自分が幸せになるためにまず相手に何がしてあげられるか、が問われる。

心から愛するということができたときに人は相手から愛されるのだと思う。
夫婦といえど、親子といえど、自分と相手とは違う個性のもとに生きているという厳しい認識をもち、その違いを許容しえると言うところから始まるので、結婚して家族をつくるということそれを続けるということは案外甘いものじゃないのです。

すべての関係は時の流れのなかで変わっていくので、それに合わせて自分も適切な役割を果たす必要もあるからです。
たとえばパートナーの病気やリストラ、転職、子供の病気、親の介護などが考えられます。

それでも、今あなたの目の前の人を愛せるかもしれないと思えたとき、面倒くさそうにみえる結婚という長旅に出てみるのもわるくないんじゃないかな、と心から思えます。

旅をはじめるのも、やめるのも、つづけるのも、自分次第です。
人生の選択には賭けのような要素が大きく含まれます。
いくら頑張っても望むものすべてが手に入るとは限らないこと、わざわいと思えるようなことが後になって福に転じるようなことがあることを、しみじみ経験できること、パートナーとともに苦労しながらも成長できることが結婚という旅なのかもしれません。
[PR]

by exkokoro | 2011-04-02 10:21 | 恋愛 | Comments(0)

Copyright © Excite Japan Co., Ltd. All Rights Reserved.
免責事項 - ヘルプBB.exciteWoman.exciteエキサイト ホーム