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自助の精神


タイトル:自助の精神
担当:本間 小文
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録画したものの整理でもするか…といろいろ観ていたら、
お~!懐かしい!『ROOKIES』が出てきた。
お片づけそっちのけで鑑賞タイムに突入。

このドラマでは、
熱血教師が教え子達にたくさんのエールを贈り、
教え子達はそれをしっかり受けとめ自らを奮い立たせている。
そんな中、罵詈雑言に打ちひしがれる教え子に対し、
こんな言葉が贈られた。

「これは試練だ。
 試練は、それを乗り越えられるヤツにしか来ない。」

つまり
「オマエなら、この試練を乗り越えられる」
と勇気と励ましを注いでいるのだが…

ちょっとばかし腑に落ちない所がある。
「オマエなら乗り越えられる」と言っているが
正確には
「オマエなら乗り越えられる、と私は信じている」だ。
では何故「乗り越えられる」と言えるのか。
それは「乗り越えられるオマエを信じているから」なのだが、
自分が信じることと、他人が試練を乗り越えることは、
そもそも土俵が違う。
にも拘らず「試練は乗り越えられるヤツにしか来ない」などと、
予言めいたことを言っている。

???
頭がグルグルしてきた。

視点が「信じる側」にあるから頭がグルグルするのだな。
なので「試練を乗り越える側」に視点チェンジ。

そして「試練を乗り越える側」として再考。

何故その試練にブチ当たったのか?
数ある試練の中から、何故その試練を選んだのか?


…あ、分かった!

選択として
「逃げる」選択や「選ばない」選択も出来たハズなのに、
試練を選んだ、ということは、
それに挑戦する決意、立ち向かう覚悟が出来た、ということだ。
だから、その試練を選んだ。
だから、「試練は乗り越えられるヤツにしか来ない」のだ。



時に、試練を乗り越えるのは容易いことでは無い。
むしろ厳しいだろう。

それでも挑むと覚悟を決めたのだから、
必ずや試練は乗り越えられる。
仮に今回は乗り越えられなかったとしても、
次回、または乗り越えるまで何度でも挑戦すればいい。



そして、熱血教師は言う。

「それでも諦めないヤツが最後は勝つんだ」

そんなヤツだからこそ、

「天は自らを助くるものを助く」


試練に打ち克つ自分を信じた者だけが
自らを勝利へと導くことができる。
自助の精神。最高である。


この、自助の精神。
あながちドラマに限った話では無い。
誰しもが自助力を持ち合わせているし、
誰しもがフル活用することができる。

何らかの理由で出し惜しみしている方。
今をキッカケに、思いっきり弾き出してみませんか?
喜んでお手伝い致しますよ!
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by exkokoro | 2010-07-31 11:52 | 生活・生き方 | Comments(0)

思えばあれが失敗だった恋愛【直感をないがしろにしてしまった後悔】


タイトル:思えばあれが失敗だった恋愛【直感をないがしろにしてしまった後悔】
担当:仁平 ゆみ子
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【直感をないがしろにしてしまった後悔】

恋愛って人間関係力を鍛える絶好の機会ですよね。
相手に恋をして、そのあとからが本当の闘い(自分自身との闘い!)
がはじまります。

若いころの私は、コンプレックスが強くいつも何者かに怯え
それを隠すため、にこやかに明るそうに振舞っていました。
何もかも自分というものに自信がなく、苦しくて堪らなかった。

人間関係が超苦手と思いこんでいた10代20代のころ、
このままじゃいかんと自分なりに努力した結果、
同性の一部の人とはうちとけあうことができるように。
友人は少なかったけど、気が合う人と話すのは愉しい。

しかし、男子が苦手でたまりませんでした。
なんでなのか自分でもそのときわからず、恋愛なんて恐ろしい・・・
おまけに将来大人になったら結婚しなきゃいけないなんて
嫌だな、恐ろしいな・・
とにかく恐ろしがっていたのです。こわいよ、こわいよ、って。

短大のころ、周り友人たちは華やかで、つきあっている彼の話し
で盛り上がっていたのに、私はどうしても入れませんでした。

こんな地味な私は、将来結婚どころか、誰とも恋愛なんてできないだろうな、と暗い気持ちとなぜか焦る気持ちで疲れるくらい。

誰かに憧れて片思いしているのって私にとっては楽なこと。
だって、相手の実体を知らないで自分の妄想(!)でうっとり
できるのだから、楽ちん。自分の実体を知らずに済む。
現実逃避。現実に向き合うのが怖いのだもの。

本当の恋愛っていうのは、相手と向き合ってコミュニケーション
しなきゃならないから、そうとう大変なこと。

そんな時知り合った人は私よりずっと年上で、社会人でした。
彼は私が大人しく黙っていても、話しかけてくれるし何事も優しく
先回り(!)してくれて、楽ちんだな、緊張しないなと感じ
おつきあいをはじめました。
楽で緊張もしないんだけど、なんともいえない違和感はあった
のだけど、それはないことにして。

こんな地味なさえない私と付き合ってくれる人なんて、めったに
いないだろうし、大事にしなきゃ!と健気に思った私。

そもそも恋愛なんて、好きでたまらず、ときめいてドキドキして
・・そういう人と私が付き合うなんてありえない。
職業も安定していて、そこそこの人、私を思ってくれる人、
そんな感じで私の人生いくんだろうな、と。
まだ20歳前だっていうのに、あきらめモード。

だから、彼と話していて、「あれ?なんか変だよ。」という
思いは全部感じないことにして、彼に合わせていたら、
とうとう、もう無理だ!!と自分がおかしくなりました。

ずっと感じているのに感じてないふりして、感じてないことに
なっていくんだけど、心の中では膿がたまっていく。
途中で私、ちょっと苦しいんだ、くらい言えばいいのに、
まだ我慢してて、自分の気持ちを伝えない卑怯で情けない私。
直感とか勘なんて、あてにならないと思っていたけど、
とんでもない。

人生で直感がどれだけ役に立つか!!
今、私は自分の中から湧いてくるものを「直感さま」
と大事にしてます。

頭で考えた理屈、誰かにすりこまれた「こうあるべき」
世の中の常識「普通こうだよ」に縛られて苦しい時
自分自身の「直感さま」が私に元気をくれます。

恋愛って自分の直感を鋭く磨く鍛錬の場でもある。
直感さまを大事にしましょう!!
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by exkokoro | 2010-07-30 11:00 | 恋愛 | Comments(0)

タイで出会った浮浪者と環境講演会


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【タイで出会った浮浪者と環境講演会】
担当:瀬尾 真一郎
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カウンセラーになるきっかけは大学時代にさかのぼります

当時私はボクシングにのめり込んでいました。

毎日がしんどくて辛かったのですがとても充実していました。
でもある日、とんでもない事実突きつけられました。
ボクシングは本気で殴りあうスポーツなので危険が伴います。
死亡事故が何件か起き、事故防止のために、全員定期健診を受けに行った時のこと私一人が先生に呼ばれました。

CT画像を見せられて、もうボクシングはできないと言われました。
もし、やるのなら命の保障はしないと。

何を言っているのか理解できませんでした。
何を先生は言っているのだろう。
誰の事を言っているのだろう。
私は殴られるようなボクシングはしていない。そんなバカな。
ボクシングができない?
命の保障はできない?そんなバカな。
まだまだ俺のボクシングはこれからなのに、何で。何で俺が。

先天的なものでした。
本当に突然の結果で関西圏では私1人が検査にひっかかったということでした。

先生の説明では日常生活には全く問題ないが衝撃を受けると命の保障はできないということでした。

その説明を聞くのが精一杯で頭の中は真っ白になっていました。
その後の1ヶ月の記憶ははっきりしません。

それでも続けたい、好きなボクシングを辞めたくなかったので無理やり続けたのですが以前のボクシングとは全く違うものになっていました。
勝つことができない。どうしても。
心はすごく凄く荒んでいました。

荒んだ心で当り散らす私から友達も彼女も去って行きました。

自暴自棄になり、とにかく日本から離れたい、どうなってもいいという思いからタイに行ったのですがとてもびっくりしたことがありました。

それはタイの人たちの前向きさと生きる力強さでした。
その出会いが私の人生を変えていくきっかけになりました。

特にある浮浪者と出会いが私の心を癒してくれたのです。

ある日川の辺りを歩いていると突然ポンポンと肩をたたかれました。

「何???」と振り返ると1人の浮浪者が、おもいっきりの笑顔で立っていました。
その川の辺りは浮浪者がたくさん寝転がっていたんです。

なんだ、物乞いかと警戒していると、その不良者のおっちゃんはさらに「ニカー」っと笑って自分の顔を指さしました。
訳が分からずにいると今度は私の顔を指差すんです。

おっちゃんは代わり番こに何度もお互いの顔を指差すので、やっと行っている意味が分かりました。
私に笑えとサインを送ってくれていたのでした。
その浮浪者の笑った大きな口には歯が何本か欠けていたのを今でも覚えています。

それほど私の顔はしかめっ面だったのだと思いますが、浮浪者から笑えと励まされたことは衝撃的でした。
自分の明日をも知れないような人が他人の事を気遣っている事に本当に驚きました。
それからおっちゃんは自分のズタ袋からナイロン袋に入った新品の食パン一斤を取り出し切り分けた一切れを私に勧めてくれたんです。

とてもおいしい甘いパンだったのを記憶しています。

その夜はおっちゃんと仲間の不良者数人と川べりで酒盛りでした。
言葉は通じませんがニコニコ笑う浮浪者達に囲まれて私はずっと孤独だと思っていた気持ちが癒されていくのを感じました。
今書くのも恥ずかしいのですが、大人になって初めて知らない人の前で泣きました。

なぜおっちゃんがそこまでしてくれたのかは今なぞですが、そこから私の気持ちは変わりました。
自分のことだけを考えていたのでは、自分も相手も幸せになれない、そう感じました。
そんな折、たまたま環境講演会を聞く機会があり、地球の現状を知り大変ショックでした。
自分の視野の狭さも改めて認識しました。

大切なのは理屈や正当性ではなく、人間の気持ちなんだということ。
すべての問題は人間の心が作っていること。
心が癒されることが大事なのだと気づかされた事はとても意味ある事でした。
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by exkokoro | 2010-07-28 12:20 | カウンセリング | Comments(0)

私をカウンセリングに導いた数多くの出会いについて


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【私をカウンセリングに導いた数多くの出会いについて】
担当:櫻井よしえ
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私がエキサイトでカウンセラーをさせて頂くようになって、数カ月。
カウンセリングとの出会いを考えてみると、正確には解りませんが、人の心理に興味を持って3年余り、そしてカウンセリングへの関わりは約1年程になります。
今回は少しだけ、私の話をさせて頂きますね。


心理を勉強する以前の私は、どちらかというと「コミュニケーション、他人の事は考えない方が上手くいく」と思っていました。
最悪です。今考えると本当に恥ずかしい。
自己中心的というか・・・、怖いものなしというか・・・それ以前です。
ある人に「よくここまで何もなく、生きてこれたね。」と言われた事もあります。


心理に興味を持ったのは、30歳をとうに過ぎてから。
私の人生、描いていたものと違う。何かおかしいな。一体何が原因なのだろう・・・と感じだしてから。
表面上は、大きな会社で秘書の仕事をして、長身の彼氏もいて、それなりに充実。
でも、心の中は仕事でも恋愛でも同じ失敗を何度も繰り返し、どこか不安定。都合の悪いことがあるとすぐ他人や状況のせいにして、責任転嫁し、精神的なバランスを取っている。

それらに気付いた時に、自分をきちんと知って、自分の生き方に責任を持とうと 決めたんだと思います。


それ以降の紆余曲折の数年間の話は割愛しますが、

随分経ってから、
「私は一人で生きてきたんじゃない」
「多くの人に関わって、多くの人と一緒に、多くの人に支えられて、ここまで来たんだ」
と、解ったのです。


だから、私をカウンセリングに導いたのは、一人や、二人ではなくて、きっと私が出会った、全ての人なのかもしれないと思っています。
お母さん、お父さん、弟、上司、先輩、大切な仲間から、そして少しだけ時間を共有したあの人まで。全員。


お返しする方法は、最初はどうでもよかったのかもしれない。

でも、これからは、カウンセラーとして、多くの人に、今まで与えて貰ったものを私が、与えられるといいなあと考えています。

特に母。
あんなに好奇心旺盛でなんでもしたい人だった母、去年の秋に急に亡くなりました。本人さえ予想していなかったのでは?と思う程の突然の出来事でした。

人生は短い、そう、明日自分の身に何が起こるかなんて誰も解らないんです。
だからこそ、今、悩んでいる人に、何かおかしいと感じ始めた人に、
自分の状況を少しでも良くしたいと思っている人に、私が持っている全ての資源を使って、全力でサポートしたい。と考えています。
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by exkokoro | 2010-07-27 11:18 | カウンセリング | Comments(0)

●恋愛力向上○ 思えばあれは失敗だった恋愛


タイトル:思えばあれは失敗だった恋愛【嘘・隠し事が許せない】
担当:小幡 佳子
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・恋人同士は何でもオープンにすべき
・嘘・隠し事は裏切りである


以前の私は、当然のようにこう思っていました。
当たり前の価値観として無意識に備わっていたのです。

ですから、彼の言動に少しでもつじつまが合わないことを
見つけると、気になって仕方がありません。
心のセンサーが作動し、真実をつきとめたいモード全開に。

お店のレシートから嘘が分かったこともありました。
レシートには日付と時間が印字されますからね‥。
こういうときは本当に目ざといです。我ながら怖い怖い。

そして心の中は悲しみと不信感の嵐。
あぁ、この人はこんな顔で嘘をつくんだ・・と、
妙に冷めた気持ちで彼を眺めたことを覚えています。


そんなこともあって、その次にお付き合いをした彼には、
最初から[嘘をつかないこと]を条件とし、約束してもらって
付き合い始めました。

・・ところがこれが落とし穴となったのです。
気持ち的に彼より上の立場にいるような感覚になっていました。

彼に対して支配的・威圧的な物言いをするようになった私。
やましいことがなければ言えるはず!という勝手な理屈で
女友達の名前をリストアップしろと要求するなど。
完全にプライバシーの侵害です。

そうなると彼は守りに入ります。
下手なことを言って私に詰め寄られるという事態を防ぐため、
いろんな面であまり詳しいことを話してくれなくなりました。

言葉を濁す彼に、私のセンサーは[隠し事をしている]と反応。
警察犬のごとく嗅ぎ回り、ちょっとしたほころびを見つけては
噛みついて問いただす。

・きっと良からぬことをしているのだろう
・きっと嘘をつくだろう
という色眼鏡で彼を見ており、嘘を立証することがいつの間にか
目的となっていました。


真っ直ぐな気持ちで自分のことを信じてくれている人がいれば
その人を裏切ることなど、なかなかできないのが人情というもの。

私ときたら、その逆をやっていたんですね。
なんという悪循環。

無意識のうちに[彼を信じない]と決めていたのです。
皮肉にも彼を嘘つきに仕立て上げていたのは私だったのです。

思念はその人の表情や態度に表れ、それが周りの人に影響を与えます。
自分の思っていることが現実となるカラクリはここにありました。

石橋を叩いても渡らない、何も作り出さない人生をやっていたなぁと
思います。心理学を学んで、人生の仕切り直しができました。
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by exkokoro | 2010-07-22 10:33 | 恋愛 | Comments(0)

私をカウンセリングに導いた出会い【コンプレックスあるところに可能性あり】


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【コンプレックスあるところに可能性あり】
担当:仁平 ゆみ子
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結婚生活とは、「夫の家族のこだわりの歴史」と「妻の家族のこだわりの歴史」が、ぶつかり合って作り出していくのものじゃないかなぁ~と25年の年月を経て感じます。
特に最初の10年。
お互いのコンプレックスがいろんな事件を起こしてくれました。

20代半ばで親になったとき、私も夫も心の中の未整理な部分に気付いていない子供のまま止まった部分のある二人だったように思います。

「こうあるべき」「こうありたい」「こうあってほしい」と自分自身にも相手にも強いこだわりと期待がありました。
そんな中での子育ては、楽しそうに振舞いながらも心の中は苦しくて緊張していたのです。

私にとって最も強いコンプレックスは、母親のこと。
尊敬ができない。言動、考え方が好きになれない。
母と同じようになってはいけない。
それなら母の逆をやろうと反面教師を徹底させました。
母と逆のこと・・・
人づきあいを丁寧にする、子供の友達、夫の友達、自分の友達を大事にする、夫の親戚との付き合いを避けない、旅行に行く、文学芸術に親しむ、料理に力をいれる、子供の教育に心を注ぐ・・
など数え切れないほど。
これだけのことを母のようにならぬよう必死に頑張ったわけです。

しかし親の欠点から自由になることは実際困難であり、知らず知らずの間に取り込んでしまっていることに愕然。
そもそも反面教師で頑張ることって、楽しくない。
物凄く疲れる。これで満足という感覚がないので、追い詰められるような緊張感が伴うのです。
こんなことに気付いたのも最近。
本当にやりたいことなのかどうか見極めるためには、やってて楽しいかどうか。心から楽しいぞ~、と思えるかどうか。

長男の子育ては、自分自身のコンプレックスと対決させてくれる絶好の機会でした。と言うと爽やかそうですが、とんでもなくドロドロの地獄の苦しみとしか言いようがありませんでした。

特に彼が思春期の頃4年間不登校の時期が最もつらい時でした。
重度の起立性調節障害という病気。
命に別状ないだけに肩身の狭い病と感じてしまった私。
今でこそ、引きこもり不登校の何割かがこの病気がこじれた結果と新聞に載るくらいですが、当時は医師ですら「ガンバレ、根性と気力を出しなさい」と励まされ、治療法も確立されていない現実に絶望。

数件目に出会えた主治医は、言いました。
「この病気を乗り越えるかどうかは、本人の夢があるかどうかと両親が仮面夫婦でないこと」
なんだか、医師というより怪しい占い師みたいで半信半疑なところに、
母親である私の話し方のテンポの速さを注意されたのです。「あなたの話し方は反応が速すぎます。もっとゆっくり味わいながら息子さんと話して下さい。この病気の子は辛いのです。」

びっくりしました。私の話し方??
反応が速いっていいことじゃないの???

実は、私は子供時代のんびり反応の遅い話し方にコンプレックス持ち、緊張すると馬鹿にされないようテキパキと話してしまう癖がついていました。

この医師の助言通りに少しゆっくり味わいながら話してみることにしました。
なんとなく、一つ一つ自分の中にわく感情を味わえるようなきがしました。不思議ですね。話し方だけなのに・・・何かが小さくすこしづつ変化していったように思います。
あれから7年、長男は夢に向かってチャレンジ。
じっくり彼自身の人生を歩んでいます。

自分のコンプレックスと対決するということは、名前を付けて知的に解決すると言うよりは、家族や周りの対人関係で勃発する事件に真摯に向き合うことなのかな、と感じます。

何となく息苦しくて、イライラしてしまう関係、モヤモヤする気持ちから目をそらさず、悩み考え続けること、感じていくこと、葛藤することは、自分自身の持ち味に磨きをかける可能性に満ちています。

今、母親に対する気持ちが大きく変化したことに気がついて心からの幸福を感じます。長い旅でしたが、母親への反面教師の旅からは自由になってきたな~、と。

悪者、邪魔ものにされがちなコンプレックス、そこには限りない可能性があることを実感しながらカウンセリングをしていきたいと、しみじみと思う私です。
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by exkokoro | 2010-07-21 11:51 | カウンセリング | Comments(0)

自分のコンプレックスを知る



タイトル:自分のコンプレックスを知る
担当:仁平 ゆみ子カウンセラー
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皆さん、こんにちは。 仁平ゆみ子です。
家族がテーマの第2弾は、
その関係性に深い影響を持つ「コンプレックス」について考えてみようと思います。

わが子を見ていて『なぜかわからないけどイライラする』
ママ友に対して『なんだか虫がすかない』
自分ひとり『気分が沈んで仕方がない』 

子育て中、私は何度こんな気分におちいったことでしょう。
この情緒の不安定さは、一緒にいる夫や子供たちにも感じられ影響するので
家族の問題ともなりますね。
これがどのようなコンプレックスと関連するものなのかなかなかわからないものです。


「コンプレックス」というのは、
怒りや悲しみなどの強い感情、体験、思考が無意識的に結びついている状態です。

「劣等感コンプレックス」はただ単に人より劣っているという感情だけではなく、
そのことに強い感情が無意識的に結びついている
自分の内面の複雑に絡み合うかたまりのようなものですね。
かなり厄介な扱いづらいものなので、あえて自分のコンプレックスを知るなんて、
冗談じゃないよと思う方もたくさんいるでしょう。


自分の中にある無数のコンプレックスを知り、対決、解消できたとしたら、これは人生の一大事業です。

結婚して子育てすること自体が、このチャンスに恵まれるといっていいでしょう。
否が応でも自分のコンプレックスと対決することがあるのが、子育てでしょうか。


自分の親が子供の教育に無関心だったことを不満に思い批判的になっていた私が、
母親になったらわが子の早期教育にはまり、精神的にクタクタになった体験があります。
親を反面教師にしていた私は、親の欠点から自由になったとはいえないのです。


相反するものが強いのもコンプレックスの特徴です。
強い劣等感コンプレックスを持つ人は、どこかに強い優越感コンプレックスを持っているのが常です。

たとえば、「私は頭が悪いから駄目なんだ」と自分を卑下したリ引っ込みがちの人も
実は背後に「環境さえ恵まれていれば私だってできるはず」と大きい優越感コンプレックスがあり、
その大きな落差によって余計に劣等感を感じさせられているのです。

私の場合は母親に対する強い批判と不満があり、
母と逆のことをやることに強いエネルギーを持っていました。


自分がやってもらえなかったことをわが子にやってあげたい、という強い思い、それは過剰なくらいでした。
子供の友達、ママ友、夫の友人たちを家によび料理をもてなすこと、
夫の親戚づきあいに手を抜かない、などムキになって心がけていたのです。
傍から見れば手作り料理好き社交的な母親でしたが、
内面的には苦しくてわけもなく(実はわけがある)イライラする。楽しくない・・・

料理上手な女性に出会うと、何ともいえぬモヤモヤ感をもってしまう。嫉妬なのでしょうね。
私だってもっとできるはず・・・と言う思いと、この人に負けるかも・・・という焦る気持ち。苦しい。

たとえば、料理の場合、「私は作るの苦手だから、おいしくいただくわ」と心から喜んで、
人の作った料理を食べる私の友人は、料理に劣等なだけで、コンプレックスはないのですね。


私はあきらかに料理コンプレックスを持っていたわけです。
この時の私は、料理がうまくなければ、
妻として母親として人間として、価値が低くなると思い込んでいたことがわかります。

友人は、料理が下手だからと言って、
妻として母親として人間として価値が低くなるなどとは思っていないし、
人としての尊厳が損なわれない、自然体でのびのびとしているのが特徴です。

私の場合、料理コンプレックスの奥に別のコンプレックスが隠れています。
母親のようになりたくないコンプレックス(?)が複雑にからみあっているので、なんとも厄介でした。
実はコンプレックスというのは、別のコンプレックスが複雑に絡み合っているのです。

なかなか受け入れがたいのがコンプレックス、
それを他者に無意識に投影して悪口言ってしまう、批判してしまうのもよく見かけます。


長男は、なぜか幼いころから激しい悔しがり屋でした。
ちょっとしたことから、大きなことまで、自分の思い通りにならないとひとりでゴミ箱に八つ当たりしたり、
ある時はこぶしを椅子に打ち付けて骨折したことも! 
私は彼のこの悔しがり屋がどうしても嫌でたまらず見たくないと思ってしまうのです。
なんかみっともない、格好悪いとイライラしてしまう。

これは、私の中に同種のものを隠し持っていたこと、
そのことに気付いたとき、あっと驚き、笑ってしまいました・・・
私はないことにしたかったのに、息子が派手に悔しがるから。
これはわりと最近気付いたことです。今は余裕を持てます。


私の料理コンプレックスは、あるとき大変料理上手で
身体全体で楽しそうに料理を作る友人に出会いました。
彼女と台所に立つと、その段取りの良さに圧倒され、感動すらしてしまいました。
本当に楽しそうに豪快に作る彼女を見ていると私まで楽しくなることに気がつき、
そのときに何かが変わりました。

「私は段取り良く豪快に料理作ることができない。苦手だな。料理ってそもそも好きじゃないわ。」
こうしみじみ思えた時、何ともいえぬ、苦しみが伴いました。
しばらく、どんよりと元気がなくなり落ち込んだのです。
しかし、「自分は料理が得意ではない、特に段取り良く豪快な料理を作るのは下手だ。苦手だ。嫌いだ。」と
自分のありのままをすっかり認めたことが、コンプレックスから解放してくれたのです。
料理することに緊張感がなくなり楽になったのです。

これは大きな感動でした。
私は、じっくり時間をかけて下ごしらえした料理が好きなんだと
わかり、その分野の料理は楽しくなってきたのです。

コンプレックスの解消は、
①実際に本気で努力して練習を積み上手くなることによって克服する
②自分が出来ないことを、すっかりしみじみと認めることによって克服する


このどちらかだと思うのです。
②は、自分の劣等を認める苦しみを伴います。
①も相当な時間と労力がかかりますね。


コンプレックスの解消に大事なのは、愛情を背景とした対決です。
長年の間に夫に愛されていると感じることで、
何かが劣っているから自分の価値が低くなるとは思えなくなることが大きいです。


コンプレックスの内容はもともとドロドロとしたものだけれど、
根気よく対話を重ね、精錬の努力を惜しまなければ徐々に輝かしいものが生まれてくると信じています。

自分でもよくわからないイライラや、のびのびできない苦しさを感じたら、
カウンセリングを利用して自分の中の可能性をみつけてみませんか。

そんなあなたの人生を楽しくするお手伝いが出来たら嬉しいです。

他人のことが気になってしまう、わが子が心配でたまらない、
夫の言動が気に障ってイライラする、
その陰にはもしかすると
コンプレックスという厄介だけど、可能性に満ちたものがあるはず。
抑え込んだりするのはもったいないかもしれませんよ。

来月は、夫婦のありかたについて考えてみたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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by exkokoro | 2010-07-21 00:00 | 家族 | Comments(0)

私をカウンセリングへと導いた奇跡?!


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【私をカウンセリングへと導いた奇跡?!】
担当:伊吹 知子
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私が今、こうして心理カウンセラーとしてお仕事を続けさせていただけているのも、
ここに辿り着くまでの沢山の人達との大切な出逢いがあったからだと思っています。

誰が欠けても今の私はいないと思います。

そんな中、今回は私をカウンセリングに導いた奇跡?!とも呼べるカウンセラーとの出逢いと、その出逢いによって私自身が何を感じ、考え、学んできたかを伝えたいと思います。

私自身も、様々な悩みを抱えて、もう限界だ・・・と思っていた時期がありました。
今考えると、そんな時期に出逢ったカウンセラーの姿勢こそ、私が求めていたものだったのかもしれません。
「私なんて価値のない人間だ・・・」そんな風に思ってい私・・・

そのカウンセラーは、「そんな私」との出逢いすら、とても大切にしてくれた・・・
悩みの内容や、その解決よりもまず先に、目の前の私を1人の人間として尊重してくれる姿勢から、計り知れない深い愛情を(初めての感覚!)感じることが出来たのです。

真っ暗闇の中にいた私に・・・
「イチゴあるけど食べる?」そのカウンセラーは、ごくごく自然に「そんな私」をもまるごと受け容れ、さりげなくそう問いかけてくれました。
暗闇の中にとても暖かな、穏やかな、一筋の光が射すような、そんな感覚が今でも忘れられません。

求めているものが何なのかも解らず、求め方も解らず、例え失意のどん底にいたとしても、自分自身の力を信じて、探し求め続ければ、いつか道は開ける。
そんな実感を伴った体験が、その時に出来たことは、奇跡であり、また必然でもあったのだと、今の私は思っています。

人と人との出逢いは、一生に一度。たった一度の出逢い、ほんの一瞬の出来事の積み重ねが、その後の、そして今の私を支え続けてくれているのです。

与えられた多くのことを、私も与えたい。そう思い続けています。
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by exkokoro | 2010-07-20 13:01 | カウンセリング | Comments(0)

●恋愛力向上○ 求めるばかりだった恋

大学生のとき、本当に好きだと思える人に出会いました。
入学後、クラスで自己紹介があったときのこと
みんな自分が話すことだけに精一杯の様子だった中で、
その人はニコニコした表情で楽しそうに私の顔を見ながら聞いてくれていました。

その親しみやすい笑顔とキラキラした瞳が印象的ですぐに好きになってしまいました。

はじめはなかなか話をする機会がなかったのですが、
彼女が近くに居るときは
その笑顔につられて自分も笑顔になり、
楽しい気分になることができました。

実際、彼女はとても明るく気さくで、みんなの人気者でした。

付き合って欲しいなぁ、
こんな人が彼女だったらいいなぁと思っていたのですが、
みんなの人気者を独り占めするようで、
「付き合って」と言えませんでした。

しかし、クラス実習が始まると
2人一組のペアを組む必要があって
なんとその相手が彼女になったんです。

ラッキーというより、信じられないくらいもうれしかったなぁ。

それから学校で必要なときは一緒に、実習を受けたり、レポートを書いたりをしました。

そのうち2人で出かけたり、
彼女の所属している馬術部に遊びに行ったり、
距離がどんどん縮まって、周りには付き合っているように見られるし、私もそんな気にどっぷり浸かっていたんです。

付き合ってくださいと言う言葉もなしに。。

それが私の甘えだったことに当時は気がつきませんでした。

そして、その甘えは私が辛かった時期に最高潮に達しました。

私が医者から、もうボクシングは出来ないと言われ、
苦しかったときいつも彼女に側にいて欲しい、
彼女に励まして欲しい、気にかけて欲しいという
思いでいっぱいだったんです。

当然、付き合ってもいない間柄だったのですから、
彼女には彼女の都合があり、
馬術部で忙しくなった彼女はクラス実習でたまに合う程度でした。

空しくて悲しくて、
何をしても心のすき間はうまらず、
彼女の下宿に訪ねて行っては
留守を確認して、自分の下宿に帰る日々でした。

そんな自分って魅力なかったなぁと思います。
あれして欲しい、これして欲しいって求めているだけでは、
当然嫌われますよね。


さらにそんな時、彼女には彼氏がいることを友達から聞かされ、
頭をハンマーで殴られたようなショックでした。

それから、その事を彼女に確認することがやっとで、
その後は彼女を避けるようになってしまったのです。

とても苦しかったからでしたが、
私は当時、相手から受け取ることに執着してしまい
自分の問題を相手まかせにしていた
のでした。

大切なのは何を受け取るかではなく、
何を提供できるかの視点で考えること
だったのです。

相手に愛されようとするなら、相手を愛すること。
仲良くして欲しいなら、
自分から仲良くしたい気持ちで相手に接すること。

しょせん自分が与えたものしか、相手から受け取ることはできないのです。

しかも相手に求める事は、それが得られなかったときストレスになります。

自分でどうしようもない事を悩むのは、時間もエネルギーも無駄ですからね。

今自分ができる事を精一杯やっていければ、必ず良い方向に向かっていくのだと思います。

今、心理学を勉強してそんなふうに思っています。

でも、今はそんな恋ができたことをすごく感謝しています。
そんな熱い思いができるのは、一生のうちに何回もないのですから。

みなさんも今自分ができることを精一杯やって、後悔のない恋をしてくださいね。

私は後悔したくなかったので卒業のときに彼女に自分の態度を謝りました。
その時の「そう言ってもらえると、救われる思いがするよ」と言ってくれた
彼女の優しさを今でも忘れません。
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by exkokoro | 2010-07-16 14:57 | 恋愛 | Comments(1)

思えばあれは失敗だった恋愛【“いい彼女”ぶっていた恋愛】

以前の私は、恋人の前でしょっちゅう“いい彼女”ぶっていました。
彼の言動にイラっとする事があってもニコニコしていたり、デートをドタキャンされても、
「いいよ、いいよ。気にしないで。」と言ってみたり。

心の広い優しく穏やかな彼女を演じていました。精一杯。
本当は、「なんだとぉーっ!?」とか「ひど~い…」とか思っていたのですが、
そんな本音は無理やり飲み込んでいました。

自信がなかったんです。
本当の自分を見せたら、愛されないと思っていたんです。
だから我慢して本音を隠し、“いい彼女”を演じることで愛してもらおうとしていました。

でも、こんな事やっていたら、いつまで経っても自信なんて持てないんですよね。
彼から愛されていると感じる時があっても、
彼が愛しているのは本当の私ではなく、“いい彼女”ぶっている私の事だと思ってしまうから。


じゃあ、本当の自分を出せばいいじゃないって話なんですが、そんな事怖くて出来ません。
「出したら終わり」って思っていましたし。

終わるくらいだったら、嘘の私でもいいから愛して欲しい。
そんな思いで“いい彼女”の演技に磨きをかけ、彼といる時は常にそういう人間であろうとして、
どんどん素の自分は出せなくなっていきました。

彼からの愛を感じれば感じるほどに、「“いい彼女”をやっているから愛されているんだ。
本当の私だったらきっと愛されない」という思いは強くなり、空しさは増す一方。

そもそも、どうしてこんな事になったかというと、
自分が自分を好きじゃないから。

私が私を好ましく思っていないのだから、相手だってそうだろうと勝手に決めつけていたんですね。

「本当の自分を愛して欲しい」と願いながらも、心のどこかで「こんな私が愛されるはずない」って
思っていました。
だから、隠す。演じる。嘘をつく。

そんな事ばかりやっている自分を惨めで恥ずかしく思いながらも止められず、更に自分の事が嫌になり、
また隠すという悪循環。

結局、その恋は本当の自分を出せないままに終わってしまいました。
「あんなに頑張っていたのに。“いい彼女”だったはずなのに。それでもダメだった…。」
そう思って落ち込んだのですが、しばらく経って別れた元彼に当時の事を聞いてみたら、
「なんか不自然だった」だそうです。

ははは。バレてた。

本当の自分を押し殺してでもつなぎとめておきたかった恋ですが、
かえってそれが2人の間に距離を作っていました。
当然といえば当然ですね。
いいところばっかり見せようとして、私が彼に心を開いていなかったのですから。
頑張りどころを間違った手痛い失敗です。

本当の自分を見せたところで、それが相手にとってOKかどうかは分かりません。
「受け入れられなかったら…」と考えたら怖くもあります。
でも、もしありのままの自分を受け入れてもらえたら、
隠していた時の自己嫌悪や空しさの代わりに、安心感や自信や愛される喜びが得られます。


近付きたい人ほど、自分から心を開き、ありのままの姿を見せるしかありませんね。

みなさんは本当の自分を出せていますか?
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by exkokoro | 2010-07-15 18:00 | 恋愛 | Comments(0)

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