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カテゴリ:生活・生き方( 12 )

思春期の子育ては自分育て

タイトル:思春期の子育ては自分育て
担当:川村美恵

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「最悪~」

ある日、娘が学校から帰ってきて放った一言です。

なにが最悪なのかまったくわからないまま
話を聞いていたら、学校であったことを話し始めました。

学校での出来事に対して、私にはどうすることもできないなぁ~、と思いつつ聞いていたのですが、
そのときに気がついたのです。
娘はなにも私に解決策を望んでいるわけではないのだ、
ただ自分の気持ちを聞いてほしいだけなのだということに。

助言も感想もいらない、
ただ、話を聞いてほしいだけ。
自分の感情を受け止めてほしいだけ。

ついつい「仕方ないよ」「それは我慢しなきゃね」
「そういうときはこうすればいいよ」等と、解決策を提案しがちですが
実は娘はそんなものがほしいわけではなく、感情を受け止めてほしいだけなのです。

ひとしきり不満を吐き出した後は何事もなかったようにご飯を食べたり、
おやつを食べたりしてます。

娘には自分で問題を解決していく力があると思うのです。
でも、その前にやりきれない想いや不満を外に出さないとなかなか前に進めないのでしょう。
もちろん、助けを求められたときには助けてるよというスタンスは必要ではありますが、
助けを求めていないのに、手を差し伸べるのは本人の力というものを信じていないから。

娘は助けてほしいのに上手に「助けて!!」と言えない時が多々あります。
もっと上手に「助けて」って言えるようになるといいなぁ~と思いつつも
ついつい「売り言葉に買い言葉」でバトルを始めてしまうこともあります。

思春期の子育ては娘も育ちますか、親も育つチャンスの時なのだと思えるようなりました。
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by exkokoro | 2011-08-29 10:17 | 生活・生き方 | Comments(0)

頻尿女子高生

タイトル:頻尿女子高生
担当:川村美恵 カウンセラー

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頻尿って中年以降のイメージがありませんか?

テレビでもハル○ケアのCMを見ていると若い子にはまったく関係ないと思いませんか?

私は高校時代、とてもトイレが近くて授業が終わるたびにトイレに行ってました。
共学の女子高校生にとって授業時間に
「先生、トイレに行っていいですか?!」
なんてはずかして絶対言えない!!

そんな気持ちでいっぱいだったのだと思うんです。

そのために、トイレに行きたくなくてもトイレに行く・・・・
とりあえず、行っとくかぁ~なんて気楽な気持ちではなく、
「トイレに行かなきゃ!!」という切羽詰まった気持ち。

それにしても一日に7回は学校でトイレに行く計算になりますよね。
あきらかに多すぎです!!

高校時代の私は随分緊張してたんだなぁ~
頑張っていたんだなぁ~
いまではそんなに緊張していた自分が愛しく感じます。

タイムマシーンがあったら昔の私に会いに行って
そんなに緊張しなくていいんだよ、
もっと自由でいいんだよと励ましたいですね。
高校の頃は友人や異性、先生にどう見られているか気になり始める時。
 容姿
 スタイル
 成績
 異性からどう見られているか
 自分に対する評価
 成績
 さらには友人関係で気をつかったり・・・
 自分では意識しなくてもいつの間にか自分にプレッシャーをかけてしまったり、仮面をつけてみたり・・・・

さてさて、そんなに緊張状態が続くとつかれちゃいますよね~
そんなときに逃げ込んだのがきっとトイレだったのでしょう。
トイレって誰にも邪魔されずに独りになれる空間ですよね。

今だから言えますが、実は高校時代によく学校を早退したんです。
もちろん先生に内緒でね。

親も誰もいない家に独りでいる時間が私にとってホッとする大切な時間でした。

そうやって自分を守っていたんですね。
本来の自分を取り戻していたのかなとも思います。

授業が終わる毎にトイレに行ったり、先生に黙って早退したりと
世間一般では容認されない行動も自分を守るための行動だったのだと今になって思うんです。

このコラムを読んでくださっているあなたはご自分を守ってますか?
自分を大切にしてますか?
もし、自分の守り方がわからない、自分を大切にしていないと感じているのなら
一緒に考えてみませんか?
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by exkokoro | 2011-08-19 14:46 | 生活・生き方 | Comments(0)

自分にイエスと言う、自分に愛を注ぐ

タイトル:自分にイエスと言う、自分に愛を注ぐ
担当:永峰 あや
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今日、私の身に起こったこと。


最近、娘の夜鳴きで、睡眠不足つづき。

昼間、仕事の合間に、仮眠しようと思っても、外の工事がうるさくて眠れない。

そうこうするうちに、夕方になって、ご飯の支度をして、娘を迎えて、お風呂に入れて。

娘を寝かせたら、たまった夫のワイシャツにアイロンをかけて。

いざ寝ようと思ったら、また娘が起きて。

眠りたいけど、眠れない、休みたいけど、休めない。


とうとう、今朝、食器を洗いながら、夫に爆発してしまいました。

私「体が疲れて、休みたいけど休めない。本当にしんどい。でもやることがいっぱいあって眠れない!!!」

夫「疲れているときは、やらなくていいよ。」

私「あなたや娘のためにも、やらない、というわけにはいかない」

夫「1日、2日、やらなくても、大丈夫だよ。休んで」

私「休めない、あなたが休めと言っても、私自身が納得できない。休む自分が許せない」



カウンセリングの場面で、よくこういうことがあります。


Aさん「完璧じゃなきゃだめだと思ってしまうんです」

CO「なぜ完璧じゃなきゃだめだと思うんでしょうか?誰か、周りの人が求めているのですか?」

Aさん「周りの人じゃなくて、自分が自分に完璧じゃなきゃいけないといっているんです。自分が自分に”これでいい”と許可できないんです」

また、こんなこともあります。

Bさん「こんな自分がだめで、嫌で、どうにかしたいんです」

CO「誰かに、だめだと指摘されたことはあるんですか?」

Bさん「誰かに、というが、本音を言うと、こんな自分を自分が認めたくないんです」


自分が自分に許可できない

自分が自分のことを認められない


自分が自分にイエスということ

自分が自分にOKということ

自分が自分に「ありのままでいいんだ」ということ


自分で自分に愛を注ぐことは、とても大切ですよね。

でも、自分を受け入れるって本当に難しいことです。


休むことを私の体も、私の心も必要としているのに、そうすることができない。

自分自身の体や心にやさしくなる、思いやりを持つ、ケアしてあげるって、とっても大切なことだとわかっていながら、そうできずに、無理してしまう。

カウンセラーという仕事柄、そのことの大切さが、誰よりもわかっているはずなのに…

自分を受け入れること、自分を愛することの難しさ、そして大切さを、改めて感じた今日です。



私たちは、”家族のために””会社のために”と、他の人を気遣ったり、配慮したりする理由を見つけることは簡単にできますが、

自分自身に配慮し、許しを与え、愛や思いやりを注ぐ、
そうすることの理由を見つけることはとても難しいようです。

みなさんは、自分にイエスと言っていますか?

自分に、愛と思いやりを注いでいますか?


オーラソーマ(カラーセラピー)で、

ピンクは、無条件の愛、自己受容の色。

今日は、ピンクで私自身を浄化して、ゆっくり眠ろうと思います。
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by exkokoro | 2011-08-02 22:47 | 生活・生き方 | Comments(0)

「断捨離」で見えたもの


タイトル:「断捨離」で見えたもの
担当:松下 由衣
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こんにちは。エキサイトカウンセラーの松下です。
今回のコラムでは、ちょっと前に私が体験したことを書きたいと思います。

以前から話題の「断捨離」。
不要なものを捨てることで、物への執着から開放されより自由に生きられる、という考え方に基づいているそうです。

私もブームに乗って、この断捨離にチャレンジしました。
とりあえず服を整理しようと思ってタンスを漁っていると、以前買ったまま着ていなかった服が、タグの付いた状態でぞくぞく出てきました。
それぞれに悩みながら買った、思い入れのある服たちなのですが・・・

どうも私は、買ったばかりの服に袖を通すことに抵抗があるようです。
たいていワンシーズンはそのまま保管し、翌年になったらようやく着る気分になる、という状態でした。(蛇足ですが、「寝かせる」と呼んでいました)
新品同様ですが、実際は昨年ものなので、ちょっと流行遅れになることもたびたびありました。


欲しくて買ったはずなのに、すぐに着ないのはなぜ?

買った後に好みが変わったわけでもありません。
もったいないのかな?とも思いましたが、翌年になると、躊躇していたのが嘘のように着られるのです。


なぜだろう?と疑問に思い、試しに買ったばかりの服を着て夫に見せてみました。
「いいじゃんそれ!いつもそういうの着ていればいいのに。」
「何で昨日、それ着なかったの?」
(前日食事に行っていた。もちろん寝かせた服で・・・)

そこで気づきました。
流行の服を着ること、そして人からほめられることを自分に許していなかったことに。
自分を必要以上に低く見て、「あなたは価値がないから、流行に合っていない、古い服を着るべきである」という足かせをはめていたことに。


すっきりした私を見て、夫はわけがわからないといった顔をしていましたが。


それ以来、少しづつですが、服を寝かせることなく着られるようになりました。

断捨離を通じて、意外な自分の潜在意識に気づいた体験でした。
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by exkokoro | 2011-07-22 15:50 | 生活・生き方 | Comments(0)

自然からインスピレーションを得る


タイトル:自然からインスピレーションを得る
担当:樹 真穂
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私は朝、目が覚めるとき、リラックスしているとき、
自身を癒しているとき・・・などに、突然インスピレーションが降りてくることがよくあります。

はっきりとポンと言葉が入ってくるというか、
あぁ、こうすればいいんだ、ということがはっきり分かるというか、そんな感じです。

インスピレーションは、今自分はどうすればいいかとか、
アドバイス的なものだけでなく、何かを創造したいときにも必要不可欠です。

あるとき、いいアイデアがほしい、もっと自分らしい表現をしたい、
人とは違うもっとオリジナリティを出していきたいと感じたときがありました。

そういうときは頭を使うと、まったくうまくいきません。
誰かのものを見たり聞いたりして参考にするのも、ある程度までにしておかないと、
それがまじってしまい、自分らしさが出てきません。

幻想的な曲をつくる「エンヤ」というアーティストがいます。
昔、テレビでチャゲ&飛鳥がエンヤを大絶賛して、
「どうしてそんな素晴らしい曲がかけるのですか。」
との問いに、
「私は他のアーティストの曲をなるべく聴かないようにしています。」と言っていました。
まぁ、まったく逆のパターンの人もいるかもしれませんが。

私はもっとインスピレーションを受け取りたいとき、
自然を感じるのが一番うまくいきます。
都会でも、もちろんそれは可能です。

太陽の日差しから自然を感じてみたり、緑の木々や植物を感じてみたり、
土にふれてみたり、食べ物から自然を感じたり、お風呂の水から自然を感じたり・・・。

そうしていくと、感性がとても豊かになってきます。
不思議ですけど、人って、自然の調和に波長を合わせると、
本当の自分につながりやすいんですよね。
自然って本当にありがたいですね。
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by exkokoro | 2011-06-27 11:41 | 生活・生き方 | Comments(0)

元気になりたいなら・・・


タイトル:元気になりたいなら・・・
担当:クリストファー 雅子
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こんにちは、エキサイトお悩み相談室に着任ほやほやのクリストファー雅子です。
名前で解るように、国際結婚でこどもが1人おります。

母親として、仕事をする女性として,妻として、自分として。。と

普段のみなさまも
やはり自分が最後に来てしまいますよね。


さまざまな規制や任務、責務の毎日の中。


少なくとも元気にできる一つに。おしゃれ!!があります。

お化粧や、お洋服、靴やバッグを取り替えただけでもルンルンになれますよ。


新しいものを購入しなくてもアイロンをしっかりかけて、
バッグを入れ替えて、口紅をつけて…家にいる主婦だとしても
ちょっとした事でおしゃれに前向きに生きる事ができます。
どうぞ、おやりになってね。。。


お食事のお皿の盛りつけや、placemattなどを変えるだけでも
たのしくなりますね。

またお会いしましょう。。。。。


CM
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by exkokoro | 2011-06-21 15:13 | 生活・生き方 | Comments(0)

後回しにする癖


タイトル:後回しにする癖
担当:月乃 桂 カウンセラー
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みなさんは子供の頃、夏休みの宿題を最初に済ませて遊んでいましたか?
それとも後回しにしていましたか?

正直私は、毎日今日やろう!やらなければ!と思ってはいるものの、後回しにして遊び呆けて最後の最後まで出来ずに先生に怒られる最悪の事態。 

それは、夏休みの宿題だけに留まらず言い出したらキリがありません。

私は目の前にやらないといけないことが起こると、毎回のように心に葛藤が生じるのです。

□例えば夏休みの宿題を最初の1週間でやり終えてしまえば、あとの3週間は、何を気にする事も怒られる事もなく、楽しくノビノビと過ごせるよ。

■んー。わかっちゃいるけどさ。

□苦労してやり切った後の喜びは容易に想像できるし、その輝きの為に努力してもいいぐらいの価値があるハズなのに、なんで出来ないの?

■あぁ~。耳が痛い(笑)

□時間割表を作って勉強の時間を決めるように、人生の苦楽の時間割表を作ったっていいじゃないか。  それが人生を効率よく楽しく上手く生きる方法でしょ。

■ぬぅぅぅぅ。(怒)


自分を説得するのに行き詰った私はいつも自分に聞いてみます。 


□なんで? 後回しにするの?

■だって未来は何が起こるか分からないでしょ? 明日死ぬかもしれないし。 
今楽しまなきゃ損だよ。やらなきゃいけないことは、どーせ、いつかヤルんだしさ。



そう!
その子供っぽい言い訳ともいえる考え方が私の癖である後回しにする!を助長する邪魔者だったのです。


私にとって未来は、どうなるか分からないモノであるから今ある楽しみを手放せない。

つまり無意識の中に未来は危険だ。という思い癖があるので
自分が手に入れた楽しみをワザワザ信じられない未来の為に手放すわけがないのです。
結果、今が良ければそれでいい!となるわけです。



“今死んでも悔いがナイように追求する。”それが私にとって未来への不安を和らげる防御策だったという訳。

あれ? 私いつの間にそんな考え方が身についてしまったのでしょうか?!

幼少時代を振り返ってみると、私は生まれつき足の障害があった為、歩ける時に大地を踏みしめ世界中を目に焼き付けたい。私は短くても太く生きる! 
そんな思いで歩ける時に無理をするからまたすぐに歩けなくなるし、手術することになる。


無意識に潜んでいた“今が良ければそれでいい”といった癖に気付かずにいた為、知らず知らずに“後先考えない衝動的な行動”が 私の人生あらゆる所で顔を出しては数々の失敗を引き起こしていたという訳。


確かに幼少時代の私にとって不安を和らげるのに有効な方法だったかもしれない。
しかし、今の私には必要のナイもの。 
そのように客観的に眺め自分の洞察を深め、納得出来た時が手放すチャンス。

問題は無視しても、放っておいても、何かのせいにしても、嘆いても、ひとりでに解決はしない。
チャンスを見過ごせば成長する機会を失うのです。
問題と原因が見つかったなら「考えすぎるな!」は通用しません。
長引かせれば、問題は複雑になり取り返しのつかない問題に発展しかねません。

しかし正直、今まで慣れ親しんできた習慣や癖を変えるのは言うほど簡単ではないし、誰だって問題を突きつけられれば、怠け心や不安や葛藤や苦しみも伴うし、自然と心に嫌気も浮かびます。 

私が「後回しにしない能力」を発達させる為に必要な事、
自分の未来を信じる感覚を手に入れること。
人生は安全だとリラックスする。
究極の所 自分の価値を認める。
 

どのように実際の生活を変えたらいいのでしょう?
残念ながら魔法みたいな方法なんて存在しません。

腰を据えてジックリと問題を抱える自分と向き合っていく為に必要なポイント

完全完璧は求めない。
どんな人だって不安や苦痛に耐えきれずに見当違いの方法に飛びついたり、問題を無視したり、見失ったりすることもあります。

そんな時に自分の近くに居て、励まし不安を聞いてくれる、友人、恋人、そして家族。
そして中立的な立場で話を聞き、問題を明確にし、時には思いもよらない方法を提供してくるカウンセラーが居るからこそ、自分を律し立ち向かっていけるのだと思います。


大丈夫。誰だって何時だって人は失敗から学ぶのです。
それを笑って一緒に乗り越えられる協力者がいると、励みにもなるし心強いものですね。


本気で変化しようとすれば必ず突き当たる苦痛や不安に耐え、逃げずに時間をかけて取り組む気さえあれば、どんな問題でも自分で解答を見いだせます。 

ただ時間をかけて自分の癖を何度でも見直しては、実際の行動に照らし合わして実行し向き合うことです。

それに必要なのは勇気と時間です

さて皆さんの中には、人生のどんな場面を邪魔する考え方が存在していますか?
その考え方、今も必要ですか?! 

長い道のりに行き詰ったら、深呼吸して一度人生振り返ってみてください。

私みたいに、案外なんでもない思い出から発見されるかもしれませんよ。
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by exkokoro | 2011-03-07 00:00 | 生活・生き方 | Comments(0)

引っ越し


タイトル:引っ越し
担当:原口 さおり
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結婚したので、引っ越しをしました。
それまでは1Kのアパートに一人暮らし。広いとはいえない部屋で大した荷物もないから、荷造りも1日で終わるだろうとのんきに考えていたのですが、甘かったです。
1日で終わる予定が1週間もかかってしまいました。

いざ荷物をまとめ始めたら、押入れの中は要らないものだらけだったと判明。
何年も袖を通していない服や、VHSテープ、古い雑誌、使うあてのない電気機器など、押し入れの中にあった物の半分以上は処分する事になりました。

もっと早くに処分していれば押入れのスペースを有効活用できたのに、「なんで今までとっておいたんだろう?」と我ながら不思議でした。

貧乏性だったり、処分する手間が面倒くさいというところもあるのですが、考えてみたら「もしかしたら必要になる時がくるかもしれない」というのが、処分せずにいた最大の理由。

もし必要な時がきたら、「とっておけばよかった~」と後悔してしまうだろうと思って処分できずにいたのです。
その積み重ねで押入れの中はぎゅうぎゅう。物を出し入れするのも一苦労。
衣替えする時なんかは大仕事でした。

それらを必要とするかもしれない未来の自分の為にやっていたのですが、逆に今の自分には負担をかけていたんですね。
その上、備えとしてとっておいた物のほとんどは出番もなく、結局は未来の自分にも負担となる始末。

「どうせ処分する事になるんだったら先の事ばかり考えるより、今の生活を大事にしていた方がよかったな~」なんて事を考えていたら、はたと気付きました。
これって押入れ事情だけでなく、普段の私の心理にも共通しているのでは?
この先起こるかどうかも分からない出来事に心を奪われ、“いま”に目を向けていない時があります。
例えば、「コラムが締切りに間に合わなかったらどうしよう…」とか。
そんな事考えている暇があったら、集中してとっとと書きゃいいわけです。でも、心が未来に飛んで、まだ起こってもいない事を先読みしたりするから、焦って余計に書けなくなるという事態になったりも。

先の事をあれこれ考えるより、いま必要な事に目を向けた方が物事も効率よく進むんですよね。
不要なモノは手放した方が、押入れにも心にも余裕ができて過ごしやすくなります。

全く先の事を考えず、今さえよければいいっていう考え方をお勧めするのではありませんが、先の事ばかりに傾倒して“いま”がおざなりになっているのもどうかと思います。
“いま”を大事にした上で、余裕があれば先の事を考えればいいんじゃないかな、と。

引っ越しを機に、いまの私に必要なモノは何かを改めて検討させられ、随分荷物が減りました。
心の方も、“いま”の私に不要なものは手放し、余裕を持ちたいものです。
先の事は、その時になってみないと分かりませんが、“いま”の事は分かりますしね。
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by exkokoro | 2010-11-27 15:22 | 生活・生き方 | Comments(0)

始まりとそれから


タイトル:始まりとそれから
担当:舞原 惠美
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みなさん、こんにちは。カウンセラーの舞原惠美です。


突然ですが、

自分はなぜ生まれてきたのだろう
自分という存在にはどんな意味があるのだろう
自分って何者?

みなさんの中には、ひょっとしたらこのようなことを考えたことがある方も
いらっしゃるかもしれませんね。

(「こんなこと考えるなんて、青い青い。大事なのは、今ここにいて、これからどうするのか、ってことだよ」とお思いの方も今しばらくお付き合いください~!)

人はどうも「自分の事をわかってほしい」「説明したい」と思うもののようです。
いっときは「アイデンティティー」という言葉が流行したりもしました。

そして、「自分の始まり」に思いを馳せます。

父がいて、母がいて、そして自分が今ここにいる。

ある人々にとっては、親はそこにいるだけで謎を発する存在です。
「どうして私はこの人の子供に生まれたんだろう?」


私は商家の長女として生まれ、妹がひとりいるだけでしたので、「跡取り娘」の期待を受けて育ちました。
子供の頃、父が「おまえが男やったらなあ」と言うのを何度も聞きました。
そのたびに、「私が女だからおとうさんに好かれないんだ」と思ったのを覚えています。

また、父は「親の言うことは素直にハイと聞いたらええねん」と言う人でしたから、納得できないことに口ごたえしようものなら、雪の日に庭の木にくくりつけられるわ、後ろ手にしばって押入れに閉じ込められるわ、ろうそくは垂らされるわ、やいと(お灸)はされるわ、で、えらい騒ぎでした。
これらの「お仕置き」は、全然こたえませんでした。当時はどこの家庭でも普通に「しつけ」として行われていて、私にとっては「またか~」と収まるのを待っていればいい、というくらいのものでした。
辛かったのは、言い分を聞いてもらえなかったこと。受け入れられていない、好かれていないという思いばかりがつのっていきました。

それでも怖れず反抗できたのは、いつも母が守ってくれると安心していられたからです。
例のごとく木に縛り付ける為に、私を担いで庭に出て行く父の後ろを「許してあげて」と泣いて追ってきてくれる母がいたからでした。
「何も悪いことしてへんのに、許してもらうことなんかないわい!」とわめく私は、さぞ憎たらしい子供だったろうと思います。(^_^;)


時がたち、好きなように進学させてもらった私は、ついに社会人としての進路を決めなければならない大学卒業を迎えました。

長女として家業(洋服小売業)を継ぐことを期待され、存在理由と感じて育ってきた私は、修行の為あるファッションメーカーに求職し内定をもらいましたが、毎日悶々としていました。

本当にこれでいいのか。

私が興味を持ち、惹かれるのは語学であって、ファッションには全然関心を持てなかったのです。そんな私がこんなふうに進路を決めてしまっていいのか。

しかし、跡取りを放棄するのは、子供の頃の体験とあいまって、父親から完全に見放されるような気がしてとても怖ろしいことだったのです。自分のいる意味がなくなってしまうようにさえ感じていました。

ずっと迷い続けていたある日、部屋で天井を見つめていると、突然
「やっぱり、ダメだ! 一度しかない人生、したくないことをやって終わって何になるんだ」
という思いが湧き上がり、即、会社に電話して内定を取り消してもらいました。

「うわっ、やっちゃった!」と思いましたが、緊張がとけた虚脱感とそれを上回る解放感を感じていました。
初めて自分自身の人生を手に入れた気がしました。と同時に、父に受け入れられる希望を捨てた瞬間でもありましたが、そんな代償を払っても、決断した後は、本当にすがすがしい気持ちになりました。部屋の天井が光り輝き、その天井を抜けて宇宙まで飛んでいってしまうような自由を味わいました。


自分が生まれてきた意味は、誰に決められるものでもない、自分で決めていい、そう思います。
やりたいことをやっていいと自分に許可を出せると、父を失望させて申し訳ないとは思うものの、それまで重苦しくイヤだと感じていた「期待」も、かえって「されるというのはありがたいことでもあったんだなぁ」と思えるようになりました。

人生の始まりにおいては、自分でどうにかできることは少ないかもしれません。けれど、成長し責任が取れるようになるにつれ、選択肢はひろがってきます。
名曲「My way」のように、これが私が選び、創ってきた人生だ、と言えたら素敵ですね。
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by exkokoro | 2010-11-24 10:39 | 生活・生き方 | Comments(0)

自助の精神


タイトル:自助の精神
担当:本間 小文
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録画したものの整理でもするか…といろいろ観ていたら、
お~!懐かしい!『ROOKIES』が出てきた。
お片づけそっちのけで鑑賞タイムに突入。

このドラマでは、
熱血教師が教え子達にたくさんのエールを贈り、
教え子達はそれをしっかり受けとめ自らを奮い立たせている。
そんな中、罵詈雑言に打ちひしがれる教え子に対し、
こんな言葉が贈られた。

「これは試練だ。
 試練は、それを乗り越えられるヤツにしか来ない。」

つまり
「オマエなら、この試練を乗り越えられる」
と勇気と励ましを注いでいるのだが…

ちょっとばかし腑に落ちない所がある。
「オマエなら乗り越えられる」と言っているが
正確には
「オマエなら乗り越えられる、と私は信じている」だ。
では何故「乗り越えられる」と言えるのか。
それは「乗り越えられるオマエを信じているから」なのだが、
自分が信じることと、他人が試練を乗り越えることは、
そもそも土俵が違う。
にも拘らず「試練は乗り越えられるヤツにしか来ない」などと、
予言めいたことを言っている。

???
頭がグルグルしてきた。

視点が「信じる側」にあるから頭がグルグルするのだな。
なので「試練を乗り越える側」に視点チェンジ。

そして「試練を乗り越える側」として再考。

何故その試練にブチ当たったのか?
数ある試練の中から、何故その試練を選んだのか?


…あ、分かった!

選択として
「逃げる」選択や「選ばない」選択も出来たハズなのに、
試練を選んだ、ということは、
それに挑戦する決意、立ち向かう覚悟が出来た、ということだ。
だから、その試練を選んだ。
だから、「試練は乗り越えられるヤツにしか来ない」のだ。



時に、試練を乗り越えるのは容易いことでは無い。
むしろ厳しいだろう。

それでも挑むと覚悟を決めたのだから、
必ずや試練は乗り越えられる。
仮に今回は乗り越えられなかったとしても、
次回、または乗り越えるまで何度でも挑戦すればいい。



そして、熱血教師は言う。

「それでも諦めないヤツが最後は勝つんだ」

そんなヤツだからこそ、

「天は自らを助くるものを助く」


試練に打ち克つ自分を信じた者だけが
自らを勝利へと導くことができる。
自助の精神。最高である。


この、自助の精神。
あながちドラマに限った話では無い。
誰しもが自助力を持ち合わせているし、
誰しもがフル活用することができる。

何らかの理由で出し惜しみしている方。
今をキッカケに、思いっきり弾き出してみませんか?
喜んでお手伝い致しますよ!
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by exkokoro | 2010-07-31 11:52 | 生活・生き方 | Comments(0)

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