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カテゴリ:カウンセリング( 22 )

マルだけの世界との出会い


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【マルだけの世界との出会い】
担当:舞原 惠美
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ものごころついた時から、ずっと「なぜ」「どうして」を発し続けていたような気がします。
「なんで寒くなると木の葉は落ちるの?」
「なんで花には赤や黄色やいろいろな色があるの?」
「なんで水にぬれると色が変わって見えるの?」

いつも散歩に連れて行ってくれていた祖母は
「いちいちうるさいなぁ、この子は。なんでなんでって。どうでもいいことばっかり!」

「なんで足でドアを開けたらあかんの?」
「なんで歩きながらアイスクリームを食べたらあかんの?」

父は怒って、「理屈ばっかり言うな。はい、って親の言うことを聞いてたらいいねん!」

いつもいつも大きなペケをもらいました。
それでも止むことなく発し続けられる問いは、だんだん表出されることはなくなり心の中にただただ積もっていきました。疑問を持つことはいけない行為なんだという自己否定の重さとともに。

学校に行くようになると、私の「なぜ」は一気に認められ解放されました。勉強は「問い」と「答え」の連続ですから、思いっきり「なぜ」に取り組めます。
けれども、ここでもまたペケが待ち受けていました。算数などはいいのですが、国語や社会などは、自分の意見と「解答」とされているものが一致しないことのほうが断然多かったのでした。「なぜ」違うのか、先生の説明を聞いても分からず、なんだか自分の思ってることに確信が持てなくなっていきました。

中学、高校と、私の思春期を表わすには「孤独」の一語で事足ります。表面的な付き合いは如才なくできてしまうので、日常生活に支障をきたすことはありませんでしたが、人と一緒にいるのが苦痛でした。人と話しているとどうしても「なぜ」と問いかけたくなります。そして、それは人にとっては鬱陶しいことであり、距離を作るものなんだと、何度かの経験から思い込むようになりました。
私は「なぜ」を封印しました。心の中でさえ、湧き出てくる問いを無視するようになりました。

「いちいち関わりあってたらやっていけへんし、周りともうまくいかんのよ」
こうやって、早○○十年、自分の純粋な気持ちを押さえ込んでいたということですよね。

表面的な人間関係に慣れてしまった私は、あまり深く考えず結婚し、そこで「人生なめたらあかんぜよ」という体験をさせてもらうことになります。

それは息子のごはんを作るため卵を焼いていた時の事。ふいに、どうしても無視できない、いくら考えないようにしようとしても心にのしかかってきて離れない「なぜ」と出会ってしまいました。
我が子の世話をすることに喜びを感じていない自分がいました。ご飯を作るのも勉強をみるのも、やっつけ仕事としてやっている事に気づいてしまいました。煩わしい。面倒くさい。
息子が幼い頃は、いくら世話が大変でも、その大変ささえいとおしく思えたのに。

最愛であるはずの我が子より自分のほうが大切だと思う私は、人間として欠陥があるのではないかと真剣に悩みました。それまでは、人と深くつながることを諦めていたために、そんなに悩むこともなかったのです。本を読み漁りいろんなセミナーにも出たりもしました。けれど、自分は足りない、できていないという罪悪感は強まるばかりでした。

そんな頃、あるセミナーで知り合った方からカウンセリングを受けてみないかというお話を頂きました。私はその方をとても尊敬していましたので、二つ返事で決めました。その時はまさか自分がカウンセラーになるとは思いもよりませんでしたが、なぜか、今までの「問い」の答えが見つかるような、根拠のない期待に胸がふくらんだのを覚えています。

さて、実際のカウンセリングでの体験を言葉で表現するのはとても難しいのです。ちょっと抽象的になってしまうのですが…。

今までの「問い」の全てに、答が見つかったというよりは、マルをもらったという感じでしょうか。そういう「問い」が出てくるのも当然です、と受け止めてもらえ一緒に考えてもらえた体験で、初めて私自身が私を受け入れられる実感を持てたのでした。「問い」=「私の輪郭」(他との境界線)であって、どんな自分でもマルをあげられると、「問い」自体が落ちてなくなっていく、と体感した経験でした。そして、人は人で癒されるという事。

いろんな事を考え続けることはできる。多くの理論や仮説を立てることもできる。けど、そんな問答は丸ごとそっくりただのうわごとにすぎない。「生」と直接結びついたなら、もう「問う」必要はないのだ、そんな満たされた思いを初めて持つことができました。

なぜ私は子供を一番大事にするよい母親ではないのか」という問いが落ちた私は、手を抜くことにもマルを出せるようになりました。こうして、まだまだ波風は立つにせよ、基本ご機嫌でハッピーになった天然ママは、息子とも笑って話せるようになり、以前よりはうんと好かれるようになりました。(どんだけ嫌われてたんだか…)

こうして改めて俯瞰してみると、ペケがあったからこそ悩み、悩んで答えを求めたからこそ素晴らしい人々との出会いがあり、そしてハッピーな今があるんですね。そして、アンハッピーを知っているからこそ今の有り難さも分かります。

一見ペケでも実はマル。この世はマルで満ちている。何を選ぼうと、それは自分のマルだという責任を持って生きること。言い換えればもともと全てマルだけれど、マルを維持するのは自分にかかっている、ということです。そして、もっといいマルがあれば選びなおすのもいい。そこにはなかなか厳しいものがありますが、全部マルだという安心と、取り組む勇気をサポートするのがカウンセラーだと思っています。

マルしかない世界へのナビゲーターという重大な役目を肝に銘じ、襟を正して努めようと日々決意を新たにしています。
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by exkokoro | 2011-07-14 11:43 | カウンセリング | Comments(0)

考えすぎは毒?!


タイトル:考えすぎは毒?!
担当:月乃 桂
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海外旅行していた時のことです。
ひょんなことから北インドの山間部に居るユダヤ人が宗教儀式を行う為の集会場で、手伝いをすることになりました。
数カ月ほど滞在していた私は彼らの試練に満ちた歴史、ユダヤ教の考え、今も続く混乱、そういった話をよく聞きました。
しかし彼らはそんな悲惨な状況のなかであっても皆一様に明るく、気さくで陽気な人々でした。
笑いや歌の絶えない毎日で、私はどんどん彼らが好きになっていきました。

そんなある日、イスラム系過激派を名乗る人からネット掲示板でユダヤ暦の新年を祝う日にテロを起こすという予告がはいりました。
私はそれを皮切りに、いろいろな不安や疑問、とめどない思いが心を揺るがし、頭を抱えベンチに座り込んでしまいました。

一人のユダヤ人男性が歩いてきてすれ違いざまにこう言いました。
「考えてもどうにもならないことは考えないことだよ」
真剣に悩んでいた私は思わず反論しました。
「でも…何もしなければ何も解決出来ないじゃない!」
「世の中にはどうしようもないことがある。困りごとは天災みたいなものさ。解決できるなら考えればいいさ。考えてもしかたのないことを考えすぎてるから…」
「しかたないって…何も考えずにいい加減になんて生きられない!」
「いや、僕が言いたいのは何も考えずにいい加減に生きろということじゃなくて、一人で頭抱えて悩んでいてもポジティブな考えは浮かばないだろってことさ」

言われて私はハッとしました。実はここ何日も悩み続けることで気分は滅入り、問題は解決に向かうどころか頭の中で堂々巡りを繰り返すばかりだったのです。

彼はニコッとほほ笑みました。
「君はここに通って何カ月になる?  僕たちの宗教や国籍は違っても仲間だろ。忘れたのか?  さあおいで。すぐそこでゆかいな仲間が待ってるぜ。なんでも話してごらん。みんな君の話を聞きたがってるさ」
そう言ってもらえただけで、正直私の心は少し軽くなっていました。
そこで私は彼と一緒にハウスに戻り、彼がヘブライ語で皆に話しかけると一斉に私に注目しました。

「言いづらいことなら日本語で話せばいい。誰も理解する人はいないからね」
お茶目にウインクしながらそういう彼に背中を押され、私は戸惑いながらもポツリポツリと日本語で話しだしました。
何を言っているかわからないはずなのに、みんな目をそらすことなく私の言葉に耳を傾けてくれました。
言葉に詰まれば励まし声をかけてくれる人、肩を抱き寄せて相槌をうってくれる人、それぞれ反応は違いましたが誰一人邪険にすることなく私を受け入れてくれました。

私の話が終わると一人のリーダーが皆の中心に腰を据え、ヘブライ語で話合いをはじめました。そこにいた人全員がそれぞれ自分の意見を述べ、討論し始めました。

先ほどの彼がそばにきて言いました。
「ユダヤの有名な教えと、今日の君の話とをつなげてみんなで知恵を共有しているんだよ。
考えすぎは毒! だってネガティブを引き寄せ病気になるからね。
安定させる薬は、見たり、聞いたり、書いたりすること。
自分を客観的に見られるようになるからね。

毒を消すためには話すこと。言葉を発することは、手術をうけることと同じだと思わなかった? 僕には今日の君を見てそう思ったな。人と話すことは浄化であるみたいだね。
とにかくユダヤ人は使命も試練も多い民族だから。こうして少しでも知恵を共有して生き延びるんだ。
ポジティブな考え方がいつもうまくいくとは限らない。でもネガティブな考え方はいつもうまくいかないよ」

とても印象的なセリフでした。
確かに一人で考えすぎると、知らず知らずのうちにネガティブな方向へ落ち込む自分がいます。
しかしそれからの私は変に考え込むのをやめ、心のうちは人に話し、ポジティブに心を保つ努力をしました。

悩んでいると塞ぎたくなってしまうけれど、そんな時ほど言葉にして口から吐き出してみること。
必ずしも解決出来なくとも、人を信じ話してみること。
悩みを共有することで、知恵も共有することが出来ること。
そんな教訓を得た経験でした。

またとてつもなく困難な人生を送っていようとも、つねに明るく人を気遣う彼らユダヤ人の元気の源は、そういった人との繋がりにあるのかもしれません。

書いた私も、読んでくれた人も、お互いが変化できるように祈って締めとさせていただきます。

拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
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by exkokoro | 2011-02-04 11:06 | カウンセリング | Comments(0)

「自分を上手に扱う」


タイトル:自分を上手に扱う
担当:大庭 久美子
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以前私は、自分の長所を聞かれると困ってしまうことが多かったのです。
短所を聞いてくれれば意外とすぐに出てくるのに、長所といわれると考えてしまいました。
なぜ困ってしまうのかというと、自分には誉める長所などないと思っていたからです。

1つには長所が認識しにくいのは、周囲の人と比較されて育ってきているからです。
常に私たちは周囲の人と比較されながら育っていますが、両親や先生、周囲の人達から「○○ちゃんと比べると、あなたは勉強が出来ないわね」「どうして出来ないの、○○ちゃんはできるのに」とたえず言われながら育った場合、自分は人と比べてできの悪い子供だと思って育ってしまい、何をやっても「自分は駄目な人間」と思ってしまうのです。
たとえ何かで成功したとしても、たまたまうまくいったと自分を評価してしまい、自分の実力ではないと思ってしまうのです。

そしてもう1つには、幼い頃から両親や先生、周囲の人から「がんばりなさい」「もっとがんばりなさい」と常に言われて育って来た場合、努力をしても、成果を出したとしても「そのくらいできて当たり前、○○チャンはもっと出来るのよ、あなたは努力が足りないわ」「もっとやれば出来るのよ」とほとんど誉められたり、認められることなく育ってきた場合が多いと言われています。
そしていつしか自分は、周囲の人に誉められたり認められるには「完璧でなければいけない」と思いこんでしまうこともあります。

例えば10人中9人が自分を誉めてくれたとしましょう。でも1人が自分のことを認めてくれなかった場合、自分が誉められたことよりも認めてくれなかったことばかりが気になってしまいます。

失敗は許されない、何もかも完璧でなければ「自分は駄目な人間なんだ」「全員に認められなければ自分はもうお終り」などど、落ち込み絶望的になったりします。
失敗すると怒られる、笑われる、馬鹿にされるなど、人前で緊張したりする人もこのような恐怖心からなることもあります。
そして周囲の人に比較されて育っていると、自分より他人の目が気になり、人の顔色を伺ったり、できないことや、間違えることはいけないことと思ってしまい、常に自分にプレッシャーを感じてしまうのです。
そして自分1人でなんとかやれば誉められる、自分でやることが偉いことと思い込んでしまい、人の助けを求めなくなり自分の殻に閉じこもってしまい、最後にはどうにもならなくなりやる気がなくなってしまうのです。

殻を破る1つとして、今自分は心の中でどんな会話をしているのだろうと考えて見ることが大切です。
例えば、
「どうせ私なんか・・・」「なにをやっても・・・」「だったらやっても無駄」「あの人が認めてくれさえすれば・・・」「こんなことを思ってはいけない、誰にもいえない」などなど色々あります。
長所を認めることが出来ない人は否定的な会話ばかりしていることが多いのです。

・自分を責めている。
・人のせいにしている。
・嫌なことを忘れてしまう。
・なにもかも諦める。
・自分の気持ちを抑圧してしまう。

こんなことをしていてもなんの状況も変わらないのです。
否定的な会話をしていると、「自分は駄目な奴」と洗脳し続けているようなものです。
「自分を駄目」にしない為には、自分の会話を変えてみることです。
例えば
「全員に誉められなくてもいいんだよ」
「人の助けを借りるのは恥ずかしいことではないんだよ」
「辛くなったら誰かに話してもいいんだよ」
「完璧でなくてもいいんだよ」
「完璧はありえないよ」
「こんな自分もありだよ」と、
自分の会話を肯定的に変えてみることです。

つまり自分の良いところも悪いところも認めるのは自分であり、好きになるのも自分しだい、そんな自分と上手に付き合っていくことです。
どんな人でも必ずその人ならではの良さがあります、その良さを認めるのは他人ではなく自分自身です。自分の良さを認め伸ばしていくことが自分らしくイキイキと生きることに繋がります。何か問題があったときには解消されたり、緩和されたり、あまりそのことに
対して執着しすぎて苦痛ではなくなっていきます。
そんな自分を上手に扱ってあげてください。

これは私の体験から得た知識ですので参考にしてみてくださいね。
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by exkokoro | 2010-10-05 16:21 | カウンセリング | Comments(0)

【あなたは大丈夫という心のメッセージ】


タイトル:忘れられないカウンセリングエピソード【あなたは大丈夫という心のメッセージ】
担当:仁平 ゆみ子
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人が変わるためには何が必要だと思いますか?
「今のままの自分じゃダメだ」「もっとよくならなきゃ」と
望みながらも一方では変化を恐れ尻込みすることも。

どうなるかわからない未来より苦しいけどよくわかっている現状を選んでしまう。リスクを冒すことは怖いです。
それは変化を求めながらもできる限り確実で安全な変化を願ってしまう。
たとえわずかでも芯から変わるって物凄く大変なこと。
突然変異のように見えてもそこにはあるプロセスがあるはず、と自分の体験で実感しているので、そのことを今日は書いてみますね。

 小学校時代から家の外の世界は過酷だと思っていた私。
なにをやっても不器用で物事の飲み込みも悪い。上手くいくことなんてまずない。人生生きていくのに私大丈夫なんだろうか・・・と常に感じていたのです。

息子が生まれてまだ1,2歳だというのに、「この子大丈夫だろうか」と重苦しくつきまとう不安。
「発達障害?虚弱体質?社会性不足??」育児ノイローゼ気味。
海外駐在員の妻としての人間関係の息苦しさ、慣れない英語、頻繁にある自宅でのパーティ、どれ一つとっても緊張して上手くできない!
周りのだれもがスイスイ順調にやっていることなのに!
はじめての体験を楽しむ余裕などなく、人の中に入る緊張でクタクタになっていました。
いつも周りの誰かに比べ自分はダメだと思う心の癖。
出張が多く仕事も遊びも忙しい夫には、こんな私の気持ちとても
打ち明けられず、頻繁に八つ当たりのような喧嘩を繰り返す日々。一体自分は何に悩んでどうしたいのか、さっぱり自覚できずぐるぐると悩みが回っているような状態。
何とかしなくては!もうやだ!
今考えると恐ろしいですが、2歳の長男を車に乗せてハイウェイ飛ばして母子心中しようとしたことも。
もう、私なんてここからなくなってしまいたい・・・と本気で思ったのです。
バックミラーに映る長男がニコッと笑っても決心は揺るがず。
アクセルを踏み込みながら・・・手が震えて汗をかき、自分が怖くてたまらなくなりました。
結局決行できず。
その晩は帰宅する気になれなくて、見知らぬホテルに長男と一泊。ぞっとする家出でした。

落ち着きのないイライラと動かない緊張はあてどもなく続き、ついに国際電話でカウンセリングを受けたのです。
中年女性のカウンセラーの声は温かく優しかった。
ああしなさい、こうしなさいという指示はなく、本当にじっくりと優しく大事に私の話に耳を傾け続けてくれました。
温かい静かな「気」が海の向こうから伝わってきたような・・・
この感覚はいったいなんだろう?
「あなたは大丈夫よ」と心の底から言われたような感覚。
実際カウンセラーはそう言ってはいない。
不思議な脱力感と解放感。

これは『受容された体験』だったと今になって感じています。


(A)母親として長男の子育てに成功したい、失敗したくない。
   妻として駐在生活を人並みに立派にこなして評価されたい。

(B)もうこんなことやってられない、もう全部投げ出したい。

というそう反する(A)と(B)の矛盾に苦しんでいたこと。
  ↓
①どちらもそれぞれ理由があり間違っていない、正しい。
  ↓
②それゆえに自分はどちらも選べなかったのだ。
  ↓
③だから自分の悩みは間違っていない。正しかったのだ。
  ↓
④だから悩んでいた自分は間違っていない。正しい。
 ただ、悩んでいただけだ。

そんなふうに悩んでいる自分を肯定できたのです。自然に。

私の全存在ありのままを肯定され、
「それでいいよ、大丈夫だよ」と言われたような、
身体全体を包まれたようなそんな感じがしました。

この直後、「もうこれはどうしようもないじゃないか、」という絶望感。
絶望感というのは、悔しさも怒りも焦りも残らないと知った体験。
もしそれらを感じたら、本物の絶望ではないと思う。
まだ執着を手放していないから、悔しさ、怒り、焦りを感じるのです。
絶望感は(A)でも(B)、どっちでもよく、どっちも選ばず
ふーっと力が抜け穏やかな気持ちになるのです。
緊張がゆるんだ楽な気持ちの先には、なんとも明るい感じがするのが不思議。

何も解決していないけど、悩みと自分の間にあった緊張感がゆるんでふわっと距離ができる、そんな感じなんですよね。

自信がある、というのは、どういうことなんだろう?
他者に比べて優れているから自信をもつというのは覆されやすく
脅かされやすいもの。
自分の欲求に気付き、それを味わうこと、実行しようと楽しむことの積み重ねで確かな自信がつくのだと思います。
それが私の思う自信。
自分自身への信頼。
自分は大丈夫という信頼感。
私は大丈夫、と芯から思えることが、
相手に対しても「あなたは大丈夫」という心のメッセージ『気』を送れるのだなぁ、と。

まだまだこの先の続きはあるのですが、またいつかお話しますね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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by exkokoro | 2010-09-29 10:46 | カウンセリング | Comments(0)

忘れられないカウンセリングエピソード【人生の残り時間】


タイトル:忘れられないカウンセリングエピソード【人生の残り時間】
担当:瀬尾 真一郎
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「あなたがもし、余命半年と言われたらどうしますか?」
「今のままの生活を続けますか?」

と聞かれたらどう思いますか

私はその時まで考えた事が無かったので
すっかり考え込んでしまいました。

さらに

あと一ヶ月の命と宣告されたら、どうでしょう

今日1日の命だと分かったらどうしますか。

「あ、しまった。会社で溜まっている仕事を片付けなくっちゃ」
って思うでしょうか。

「ちくしょう、もっとお金を貯めておくべきだった」
と残念に思うでしょうか

「あいつを一発ぶん殴ってやらなければ気がすまない」
と悔しがりますか

私はこんなふうに思ったんですね。

「いやいや、今のままの生活なんてありえない」

「まだまだやりたい事がいっぱいあるんだ」

「思い描いていた場所へ旅行に行っていないし」

「今の仕事は直ぐに辞めるぞ」

あ、自分はこんなにも今の生活に満足していないんだ。
自分の本当の気もちが見えてきました。

やりたい事がたくさんあるのに、頭の中にあるだけで
いつかやろう、できるときにやろうと思っていたんですね。

結局いつまで経っても実行できていない
何も行動していなかったんです。

そして苦しい現実に押しつぶされそうになって
不平不満を言っているだけでした。

それからあと1日の命だったらどうしますか
という究極の質問を考えてみたんです。

答えは、以前旅行でご一緒することになった
お医者さんと同じでした。

そのお医者さんは余命宣告を受けていました。
5年生きられるかどうか。

少しお話が出来た時、
そのお医者さんは言っていました

「癌になってよかったね」って娘さんに言われて
なんて事言うんだって思ったらしいですが、
娘さんの言うことには
今までのお父さんは忙しくてあまり話しも聞いてくれず
厳しいだけだった。だから嫌いだった。

でも、癌になってやさしくなった。
だから癌になってよかったね
って言われたそうです。

その時、お医者さんは大切なものに気付いたんだと思います。

生きた証を残そう。
精一杯人生を楽しもう。
そう思い行動されたそうです。

気がついたら癌が無くなっていた。
だから旅行にも来られていたんです。

その事を聞いて感動してしまいました。

あと1日の命だったら私は

旅行でもなく、仕事でもなく、もちろんお金でもなく

子どもと一緒にいたいなぁ
って思いました。

あ、もちろん、嫁さんも一緒にいたいと思いましたよ。

そして「ありがとう」って言って笑って死にたいなぁ
って思ったんです

その為には、いつ死んだとしても悔いが残らないように
精一杯生きようって改めて思いました。

大切な事をまずやろう。

この世で生きていられる時間は限られています。
今、毎日の人生を楽しく充実して生きているだろうか

本当に大事なものが分かったら
その為にがんばろうとするでしょう
その為に何をするかが見えてくるのだと思いました。

人間には誰でも例外のないルールがあります。
それは、いつか必ず人生最後の日がやってくるというルールです。

それは明日かもしれない。半年後かもしれない。
5年後かもしれない。
それは分かりませんが、必ず今日で終わりという日がやってきます。

その時、に笑って死ねるか。
その時、後悔はないのか?
勝負はそこです。

あなたは、今交通事故に遭って命がなくなるとしても
「ああ、自分は一生懸命頑張ってきたんだ」と
言える人生だったでしょうか。

そんな事を強烈に考えることができた
大切なカウンセリングでした。
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by exkokoro | 2010-09-22 15:52 | カウンセリング | Comments(0)

【可能性を感じる瞬間】


タイトル:心に残るカウンセリングエピソード【可能性を感じる瞬間】
担当:川村 美恵
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こんにちは、カウンセラーの川村です。

いよいよ、この◆人間味◇コラムも最後になってしまいました。

文章にはその人となりが出るので、ついついかっこをつけちゃおうかな、こんなこと書いたら変かなぁ~等、内容以前の問題でなかなか進めないことが多いですね。

こんな私の拙いコラムを読んでくださってありがとうございます。

さて、私の心に残るカウンセリングエピソード、それはまだ私がカウンセリングを受けていた時のことです。

私がまだカウンセリングを学ぶ前、日中はフルタイムで働き、そのほかに友人とサイドワークをしていました。

その友人との関係もあまりうまくいってなく、どちらかというと一緒に動いていると精神的にしんどさを感じていました。
さりとてそのサイドワークを手放してしまうと経済的に苦しい・・・どうしようかと思い悩んでいた頃のことです。

友人に対しては「いい人」でいたいから中途半端にやめることはできない。
やめてしまったら経済的に苦しい
サイドワークそのものは楽しい。
いろんな言い訳をしては続けていたのですが、だんだん胃が痛くなってきたり、
友人に対して「こんなに私は頑張っているのに、あなたは頑張ってないじゃない!!」などと見当違いな怒りを持ってみたり・・・
家族にも「こんなに頑張っているのに誰も認めてくれない!!」とすねてみたり・・

カウンセラーの方にその話をすると
「やめればいいじゃない」とおっしゃるのですが
「でも、やめたら経済的に苦しいし・・」と必死に抵抗する私。

執着していることはとても苦しいです。
その執着を手放してしまえば心が楽になることはわかっていても
いろいろな要因があり、なかなか手放すことができません。

でも、その要因とは自分が心の中で勝手作り上げた「手放したくない理由」なのです。

決断することはとても勇気がいります。
もしかしたら、もっと苦しくなるかもしれない・・
手放したことを後悔するかもしれない・・・
半年以上、そんな想いを引きずってました。
その間、ずっと苦しかった。

そしてある日、とうとう決めたのです。
その執着を手放す、と。

不思議なことに決めた途端にスッキリしました。
自分には可能性があるとわかった瞬間です。
不思議に目の前が開けてきた感じです。

もちろん、一度のカウンセリングで執着を手放すことができたわけではありません。
粘り強くカウンセラーの方が付き合ってくれたからこそ、私は執着を手放し、自分の可能性を信じることができたのです。

自分の可能性を信じるということは自分自身を信じるということ。

私なんてダメな人間だ、私なんてなにも取り柄もないし、魅力的なところもないし、こんな私が人から好かれるわけがないと自分を否定して生きてきた私には「自分を信じること」はものすごくハードルが高いことでした。
二人三脚で走ってくれたカウンセラーの方がいたからこそ、乗り越えることができたのです。

私も日々、人間の可能性というものを信じて、よりよく生きられる可能性があるということを常に念頭において一緒に歩んでいきたいと思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
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by exkokoro | 2010-09-22 14:27 | カウンセリング | Comments(0)

夢からのエール


タイトル:忘れられないカウンセリングエピソード【夢からのエール】
担当:小幡 佳子
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「不思議な夢を見ました」
「最近、同じような夢をよく見るんです」
など、カウンセリング中に夢のお話が出てくることがあります。

夢には、現実問題に対する自分宛のヒントが込められていますので
普段の思考ではもう突破口が見当たらない、というときなどに
夢分析は有効です。


私自身の話ですが以前、講座の講師をする大事な日の朝に
その講座が大失敗する夢を見たことがあります。
夢の内容は・・
────────────────────────────
生徒はなぜか大勢の小学生。
ワイワイガヤガヤしていて、全く言うことを聞いてくれない。
どうしよう~!と、私は一人で焦り困っている。
────────────────────────────

朝起きて「なんて縁起が悪い‥」と、緊張と不安が増大。
このままでは悪いイメージに引きずられて失敗してしまう。
そう思った私は、自分の夢を分析していきました。

夢の中の生徒の立場を想像してみます。自分がその教室にいる
小学生になったつもりで思ったことを言ってみると・・・
「いくら訴えても、先生は聞いてくれない!」
こんなセリフがしっくりきました。

「生徒の気持ちを無視して、自分の理想通りに事を運ぶこと
ばかり考えていてはうまくいかない。
大事なのは、生徒が今どう感じているかを汲み取ることだ」

夢はこんなことを私に教えてくれていたのだと腑に落ちました。
講師としての心構えがシンプルに決まり、その日落ち着いた
気持ちで講座に臨むことができたのです。


夢を分析する際には、夢の中の人・もの・動物など自分が気になる
ものになってみる(その視点から自分を見る)ということをします。

すると、何が良いって、夢を見た本人自ら「あ~、これだ!!」
という答えを見つけることができるんです。

私にとっての忘れられないカウンセリングエピソードとは、
相談者の方の夢を夢分析し終わったあとの会話です。

相談者「あんな言葉が自分の口から出てくるなんて・・」(驚き)
わたし「私も、思いもよらなかったです」(感動)
相談者「そーなんだ・・私が自分で言ったんですね」(喜び&誇り)

相談者の方は、
・自分で自分を勇気づける言葉を投げかけたこと
・そんな言葉が自分の口から出てきたこと
・“カウンセラーが”ではなく、“自分が”自分を助けたこと
を、誇らしく思ったのです。

カウンセラーのチカラではなく、相談者の方が自分のチカラを
実感することができたというのが良いところ。
自分自身を信じられるという感覚はとても大事ですからね。

そういうとき、思わず私は心の中でガッツポーズです。

自分が自分の一番の心強い味方』そんな感覚を少しでもたくさんの
方に味わっていただけるよう、これからも地道に活動していきます。
 
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by exkokoro | 2010-09-15 15:49 | カウンセリング | Comments(0)

【自分と向き合う、その瞬間】


タイトル:忘れられないカウンセリングエピソード【自分と向き合う、その瞬間】
担当:長谷川 さとみ
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みなさん、こんにちは。
【人間味】と題したこのコラムで、今の私があることを表現してきました。
そして今回は、
相談者の方が<今の自分>と向き合ったところから
初めて<これからの自分>へと目を向けていく。
という、人間が持ち合わせている力を実感したことと
その実感は全て自分に還元されているのだ、
としみじみ感じることを書いていきたいと思います。


恋愛で、家庭で、職場で、と人間関係は様々なところで
生きている限り関わっていくものですよね。
だからこそ、うれしい思いや楽しいこともあるけれど、
辛くて苦しいという、しんどいこともたくさんあると思います。

そんな、しんどい思いをしているというご相談のカウンセリングでは
相談者の方はどうしても視野が狭くなり、
目線は相手へと向かっていることが多いのではないかと思います。
私自身もそうであったように、「相手のせいで自分がしんどい」と
思い込んでしまいがちではないかと感じます。

しんどい気持ちを抱えたまま、また同じ毎日が繰り返されて
どんどん追い込まれる自分に嫌気もさしてきますよね。
そして、いつしか我慢した気持ちがあふれ出て爆発してしまう、とか
そんな気持ちに蓋をしてなかったことにしてしまう、とか
あるいは、自分の殻に閉じこもってしまう・・・
などと、さらにしんどい行動をしてしまい、こんなことになったのは
相手のせいと感じて誰かを恨んでしまうこともあるのではないでしょうか。

私は、そんな自分と向き合うことで客観的に自分を見つめて
視点を変えることが必要なんだと感じられました。
そして同じよう苦しんでいる人にも、一人ではしんどいけれど
一緒に考えてみませんか、ということを伝えたいのです。
これは、前回のコラムでも書いていますし
カウンセリングでもお伝えしていこうと奮闘中です。

そんな中で、ある十代の相談者さんとのメールカウンセリングで感じたことです。
親との関係で苦しいと悲鳴を上げていた相談者さんに対して、
私は、率直な自分の気持ちを相手に伝えるのはどうかと提案してみました。
するとその相談者さんは、私のメール文から
<自分が動かないと、世界は変わらない>ということを見事に汲み取っていたのです。
正直、驚きました。
そして、人間ってすごいんだなと改めて感じました。
大人だから・・・とか
子どもなのに・・・なんてことは関係ないのだと思い知らされました。

生きるチカラや、壁を乗り越える勇気も生まれながらにちゃんと持っているんだな。
そんなことに、いつ気が付くのかで人生も大きく変わってくるんだろうな。
<今の自分>と向き合うことで
<こらからの自分>について考えていけるのではないか。
こんなことを、十代の相談者さんから教えてもらったように感じました。


コミュニケーションの大切さをカウンセリングを通して改めて感じています。
様々なご相談がありますが、今の私にはどれも深く考えてみると、
全てが自分に還元されているのだな。と、思わずにはいられません。
自分のコミュニケーションの取り方はどうだろう・・・
と、振り返りながら日々考えさせられます。
カウンセラーとて人間です。だからこそ、相談者さんと一緒に
<今の自分>を見つめる勇気を持つことや
<これからの自分>について考えていける安心感を持って
共に成長していけるような関係を築いていきたいと思っています。


今の私がやるべきことは、目の前のことをひとつひとつ積み上げて
カウンセラーとしての成長を目指すことだと、
改めて感じています。


ご覧になられた方は、どんなことを感じられたのでしょうか・・・
また、お電話やメールでお話をお聞かせください。


最後まで読んでいただきまして、
どうもありがとうございました。
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by exkokoro | 2010-09-07 12:33 | カウンセリング | Comments(0)

クライアントの力


タイトル:忘れられないカウンセリングエピソード【クライアントの力】
担当:伊吹 知子
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私がまだ、カウンセラーという仕事を始めたばかりの頃のお話しです。
目の前のクライアントの力を心底信じるとは、こういうことなのだと
実感を伴ったカウンセリング体験からの学びが、今でも記憶に残っています。

カウンセリングに於いて大事なことは、クライアントとラポール(信頼関係)を築くこと。
それが無ければ、カウンセリングは始まりません。

まだまだ未熟な当時の私は、クライアントを信頼できていると思い込んでいました。
しかし実際は、クライアントの信頼を得ることばかりに捉われ、
クライアントが自分自身で問題解決していく力を信じていなかったのです(泣)・・・

そんな私の目の前に現れた、うつのクライアント。
私が何とかしなければ、このクライエントを救わなければ・・・
初めは、そんな未熟且つ、浅はかな思いや考えでクライエントに関わろうとしていました。

しかし実際にカウンセリングが始まってみると・・・
そのクライアントは、
カウンセラーである自分よりも、たくさんのことを日々感じ、
考え、行動し、力の限りで生きているのを感じたのです。

あれ・・・?

私が何とかする必要はあるのか?
そもそも、クライアントが救ってほしいといつ言ったのだ?
私に何とかできるのか?!・・・

なんて傲慢で、なんてちっぽけな自分なのだろう・・・

私は「何も出来ない自分」をクライエントをじっと見つめながら、
痛みと伴に静かに受け容れていきました。

その瞬間から、クライアントの生きようとする力が、言葉、表情、態度、クライエント全体から伝わってくるのを感じ、クライアントを心底信じることが「出来た」のです。

その後のカウンセリングで、クライアントがうつが治るのか、
良くなるのかの不安を訴えてきた時に、
その気持ちとしっかりと向き合い、今生きている力を
心底信じていることを迷いなく伝えることも出来ました。

泣きもしない、笑いもしなかったクライアントが「うつを治したい!^^」と自分の意思をしっかりと笑顔で伝えてくれた時の、
私自身の喜びは、

「クライアントの力」によって生まれた感情です。

これからも、初心を忘れずにカウンセリングを続けていくことが、
こんな貴重な体験が出来た私の、役割なのだと思っています。
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by exkokoro | 2010-08-27 13:18 | カウンセリング | Comments(0)

カウンセリングのときに自分を支えているもの【思い込みを外す】


タイトル:カウンセリングのときに自分を支えているもの【思い込みを外す】
担当:瀬尾 真一郎
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いつも人に言われていたのは
お気楽そうだよね。何を言われても応えないんだからな。
自分でも型に嵌まったことがきっちり苦手。
適当にその場、その場に合わせて適当にやっているのが
自分だと思い込んでいました。

完璧主義とは無縁の性格でいい加減な人ね。
そう、嫁さんにも言われてました。

そうだよな。完璧なんて無理だよ。人間なんだもん。
そう思っていましたし、そんな人が苦手でした。
私は適当人間としての自分に満足していたのです。

でも、なぜかいつも適当にやっている筈なのに
苦しい、しんどい、圧迫感、イライラ
を感じるのだろうと疑問に思っていました。

そしてなぜこんな事をやらなければいけないんだ。
細かい仕事なんて嫌いだー
こんな事自分には合っていないんだ。自分の仕事ではないんだ
と思っていたんです

でも、カウンセラーを目指して勉強する中で、自分の思いを話して
いくうちに見えてきたものがあります

それは、自分は適当人間ではなかった。
ということでした。

完璧なんて出来ないと思いながら、いつの間にか完璧主義になっていたのです
失敗することが怖かったのでいい加減さをアピールしたり、
その事自体から逃げたりしていたんです。

失敗すると大変なことになると心の奥では思い込んでいたのでした。
でも、本当に大変なことになる失敗ってどれだけあるでしょう。
失敗は誰でもするものです。
失敗に対してどう反応し、どう行動してフォローするかで
その責任を取れるのです。それで失敗は成功に変わります。

でも、失敗してはいけないということであれば、
その責任は成功するしかありません。

失敗してはいけない、完璧でなければいけないと心の奥底は
感じていながら、自分は完璧にできないことで苦しんでいたんですね。

失敗する権利は誰にでもあるんだよという言葉が
私の思い込みを外させてくれました。

今、あなたは焦っているように見えるよ。
あなたが苦しんでいることは、本当にあなたがやらなければならないことなの。
失敗することは誰でもあって、自然なことなんだよ。
あなたはそれでいいんだよ。
どんなことにも正解はないんだよ。

そんなあたたかい言葉で援助を差し伸べてくれたカウンセラーがいたから
理解してもらえた。救われたと感じて思い込みを外すことができたのだと思います。

私のカウンセリングを支えているのは、そんなあたたかさを
相談者の方との間で感じること、それ以上の喜びはありません。

その為にも毎回、本気で全力投球です。

お互いの中の思い込みに囚われず、自由に客観的になんでも話しても大丈夫。
安心できる場で話ができ、お互いに成長できることにワクワクするのです。

だって、いつでも再出発は可能なんだから。
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by exkokoro | 2010-08-25 16:04 | カウンセリング | Comments(0)

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