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カテゴリ:育児・教育( 10 )

子どもをアダルトチルドレンにさせないために…

タイトル:子どもをアダルトチルドレンにさせないために…
担当:岡本玲子b0211866_10223896.jpg
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みなさんはAC・・・つまりはアダルトチルドレンという言葉を知っていらっしゃいますか?
意味はわからなくても聞いたことはあるかも?!という方も多いのではないのでしょうか?
一昔前まではアルコール中毒の両親に育てられた子供を指していたようですが、
現在はもっと幅広く“機能不全家庭”で育った子供が大人になり、その結果色々な問題を抱えてしまっている人達のことを言います。

何だか“機能不全家庭”なんていうと大げさだし、なかなか身近にはかんじられませんよね。
でも内容を見ていくと私達(普通に親をしていると思っている訳ですが)も気をつけなければ!ということに多々気付かされます。

例えばACの方の特徴として、自分でなかなか意見が言えない・自分に自信が持てない・とても周りの評価を気にする・自己表現が苦手・他人とのコミュニケーションが上手くいかない・楽しさや嬉しさを素直に受け入れることが出来ない・・・等があげられます。(実際はもっとたくさんの特徴があります。)

これらの原因として(もちろん性格や気質の部分もありますが)
親の偏った愛情であったり、子供の人格をきちんと確立させないで育ててしまったり、子供をコントロールしようとする育て方であったりします。(無意識にやってしまっていることが殆どです)

要は“子供が子供らしくいられないで育っている”状態のことを言うのです。
普通、子供は大人と違って常に周りの顔色を伺いながら言動や行動をするというのは、なかなか難しいことです。ですがACの子供達は小さい頃から周りの大人達の顔色を伺い、空気を読み、決して自分のわがままを通そうとすることなく大人になります。そうなると先ほど述べたような問題が色々と出てくるのです。

親は子供達のことを思い、色々と意見してみたり、かまってみたり、時には叱咤激励しながらもその子が将来少しでも幸せになれるようにと考えます。これは当然のことですよね。

でも一方で子供達はというと、殆どの場合がまずその通りにはなかなかなってくれません。
「も~何か言うとすぐ反抗して・・・」「私の言う事、全然聞いてくれない!」とプンプンしていることも日常茶飯事なのではないでしょうか?
でもある意味それが普通なんです。「嫌な事はイヤ!」とそれが正しくても正しくなくても自分の感情や意見をきちんと言える・・・
これが子供にとってはとても大切な事。

私達親は正直腹の立つことも多いですが、子供の人格をきちんと認めて、その上で彼ら彼女らに対して意見を交わせる・・・そんな親子関係で常にいれたらいいな~と思います。
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by exkokoro | 2011-09-14 10:25 | 育児・教育 | Comments(0)

ママ友達との付き合い方


タイトル:「ママ友達との付き合い方」
担当:佐藤 文
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こんにちは。佐藤 文です。
今回はママ友達とのお付き合いについて書きます。
読んでくださっている方の中で、「どうしてもママ友達と上手く付き合えない」という方もおられるでしょう。
私は現在、ママ業6年目になりました。
子どもは年長です。

その間、母親クラブの役員もしたり、子育て支援のボランティアでは色んなママを見てきました。
「モンスターペアレント」なんて言葉もありますが、そこまではいかなくても、ちょっと変わったママはいらっしゃいますね。
そして、「イクメン」という言葉が出てきて、男性の育児参加も最近多いとは言われますが、やはり子どもと多くの時間を過ごすのはママ。
ご近所の公園で出会ったり、保育園、幼稚園の親の付き合いはママ中心の女の園です。


ママ友達のいいところは、子育ての悩みを共有できるところです。
特に子どもが赤ちゃんの頃は、同じくらいの月齢の子を持つママとお話しすると、悩んでいることが一緒で「自分だけじゃないんだ」と安心できますし、悩みをわかってもらえてすっきりします。
少し上の子がいるママには、どうやってその悩みを解決したのか?どんな対処法があるのか?と聞くことができます。
女性の口コミ力はすごいので、ママ友達と話すと色んな子育て情報も入ってきます。


ですが、「どうしてもあのママ友達とは上手く付き合えない…
と、価値観の違うママ友達に戸惑っている方は…

今まで育ってきた環境は違いますし、子育てのやり方、考え方、価値観もそれぞれ違うことでしょう。
それは当たり前です。
ママ友達とは、自分にストレスがかからない程度のお付き合いをするのが一番です。
「子どもが同じクラスだから…」
「毎日顔を合わせるから…」
と、言って、自分の言いたいことをガマンしてばかりいると、ストレスがかかり、精神的によくありません。
ここはシビアに、必要な情報交換だけはしておいて、あとはさっと聞き流す、受け流すくらいでいいと思います。
無理に付き合う必要は全くありません。



子どもが大きくなるにつれて、悩みもまた変わってきますし、ママ友達の中にも気が合う、合わない、色んな人がいると思います。
ママ友達とはよっぽど仲良くない限り、何十年も付き合うということはありません。
子どもが大きくなると、ママ同士の接点はだんだんとなくなっていきます。
子どもたちは、同じ学年かもしれませんが、ママの年齢はバラバラですし、考え方もそれぞれです。
無理に合わせようとせず、肩の力を抜いてお付き合いしてみてはいかがでしょうか?
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by exkokoro | 2011-06-13 10:37 | 育児・教育 | Comments(0)

▲家族△ 甘やかすと甘えさせるの違い

みなさんは、子どもを
甘やかすと甘えさせるのは同じ事だと思いますか。

私は、以前同じものだと思っていました。
というより違いが分かりませんでした。

ただ、甘やかす事はよくないんだと、
漠然と思っていたんですね。

でもこの2つは決定的に違うものなんです。

子どもは保護されて育つものですから、
甘えさせてあげることは悪いことはないのです。

甘えさせるとは簡単に言うと、
子どもが望むことをしてあげることです。

子どもの様子をしっかり見た上で子どもが望むことに、
親が愛情をもって接してあげるのです。

抱っこして欲しいなら抱っこを。
遊んで欲しいときは一緒に遊んであげる。
甘えたいときには十分甘えさせる。

ただし機械的に抱っこする、
イヤイヤ遊んであげるのでは意味がありません。
愛情を持ってという所が肝心なんですね。

子どもは親の愛情を望んでいるわけですから、
体と心と時間を出来る限り子どものために割くのです。

一方、甘やかすは違います。

子どもが望む事ではなく、
親が子どもに望む事をしすぎるということです。


子どもが望んでいないのに、
危ないからと先回りしてやってしまう。
子どもが言うからとただ何も考えず、物を買い与えたり、
子どもに良くないと分かっていながらも許してしまう。

子どもが望んでいない事をさせすぎてしまうと、
子どもはダメになってしまいます。

自分で判断できない、
自信が持てない子どもになってしまうのですね。

親というものは子どもに期待してしまうものですから、
干渉を無くすことは難しいと思います。

でも、心がけることでそれをできるだけ少なくし、
「こうなってほしい」というのではなく、
「子どもが望んでいる事を分かる親」が、
理想なのだと思うのです。

子どもは親が分かっていてくれると思えば、
問題は自分から解決しようとします。

子どもの姿をたっぷり見て、
この子は何をしてほしいのかに気づいてあげて、
出来る限り子どもの気持ちを分かろうとすること。

完璧でなくても今より、
ちょっとだけ、やってみる。
それで十分なのだと思います。
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by exkokoro | 2011-03-02 11:38 | 育児・教育 | Comments(0)

子育てなんて一人で出来るわけがない!


タイトル:子育てなんて一人で出来るわけがない!
担当:沖島 由香
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最近私は、
「子育てなんて一人で出来るわけがない」と思うようになりました。

今まで「子育ては出来るだけ母親の私がしよう」と思っていたし、
「しなければならない」とか「それが当たり前」と思っていました。
他の人も「母親、もしくはそれに代わる人が出来るだけするほうが良い」
と思っていました。

でも、違う。
子育てなんて一人で出来るわけがないんです。

私たち大人でさえ、今も、いろんな人と出会い、いろんな所へ行き、
いろんなものを見て、それらに影響され成長していると言えます。

子どもは成長するのが仕事。
しかも大人と比べれば、想像できないスピードで成長します。

私たちは親とはいえ、たった一人で、そんなスピードで、
子どもに十分な成長をさせてやれるはずがないのです。
親である私たちもまだ成長の途中なのですから。


人間は、生きている限り成長し続けるはずですから、
完ぺきな自分に出会うことはないでしょう。

だから一人だけで子どもを育てることは出来ないのだと思います。

一人でがんばるより、子どもには出来るだけ
親以外の人と接する機会を持たせることも大切ではないでしょうか。

兄弟姉妹、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、
いとこなど、身内は勿論のこと、幼稚園や学校の友達、
近所の友達、習い事の友達もいますし、
その他も出来るだけたくさんの人と関わらせることが、
大切だと思うのです。

もし、親が持っていないモノや、苦手なモノがあっても、
他の誰かが持っているかも知れません。
他の誰かが知っているかも知れません。
一人より二人。
二人より三人。

一人で全てをこなすのは無理です。

しかし、中には性格が合わないとか、けんかをするとか、
心配だとか、親としては気掛かりなことがいっぱいありますよね。

親として、危険なことから子どもを守るのは当然ですが、
少々のけんか、性格の不一致、不慣れな環境などは
経験させて良いと思います。

子どもが傷ついたり、泣いたり、悩んだりしている姿を
見るのはとても辛いことです。
しかし、子どもはただ傷ついているだけなのでしょうか。

きっとそこから必ず「何か」を学んでいるはずです。
親だけでは教えてやれない「何か」を学んでいるのです。

私も昔は子どもを守りすぎました。

子どもを悲しませたり、悩ませたりするのが嫌だった。
まるで自分も同じ体験をしているように感じたりもしました。

でも守りすぎると、その時は平和に過ごせますが、
学びが乏しくなるので、いつでも、どんな時でも、
守らなければならなくなります。

いつも守るということは、子ども自身は何もしなくていいので、
親である自分が、何もかもしなければならなくなる。
それが結局、一人で子育てをすることに繋がって行きます。

そして、やがて疲れ果て、子育てに行き詰まり、
どうしていいか分からなくなる。
子どもを守っているつもりが、逆に学びの場を奪って、
成長を止めることになってしまいます。

確かに子育てに心配は尽きません。
きっと、子どもが何歳になっても同じでしょう。
子どもが大人になっても、私たちは親です。
先は長い。

親一人が教えてやれること、守ってやれることなんて
たかが知れています。
だから子育ては一人では出来ない。

「可愛い子には旅をさせろ」とは
そういうことではないでしょうか。
いろんな人と関わり、いろんな所へ行き、
悲しいことも嬉しいことも経験させ、
そのつど学ばせてやる。
いろんな人や、いろんなモノの力を借りながら、
いつか自分の力で生きていけるようにしてやる。

それが本当の子育て。
それが本当の親の役目。
ではないでしょうか。
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by exkokoro | 2011-01-28 15:43 | 育児・教育 | Comments(0)

きょうだい順位の影響とは?

タイトル:きょうだい順位の影響とは?
担当:仁平 ゆみ子カウンセラー
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こんにちは。仁平ゆみ子です。
家族のコラム、今回は『きょうだい順位の影響とは?』です。

「兄弟姉妹順位」って実はその人の性格に意外に大きく影響しているのでは、と感じたりしませんか?

我が家には二人の息子がいますが、彼らが小学生時代のこと。
とても落ち着いておとなしめの学年は長男長女が多い、
やたら元気で先生がまとめるのに苦労するのが次男三男が多い学年でした。
たまたまかな・・・とも思いますが(笑)


あくまでも傾向ですが、
男でも女でも第一子は親も初めてのことなので慎重に子育てするせいでしょうか、保守的、勤勉。
長男は幼いころは頼りないようでも成長につれ、
自分のことは自分でなんとかすべきと頑張るタイプが多いようなきがします。
長女は幼いころからしっかり者、頑張り屋さんが多いですね。
親はついしっかりしてる長女に甘えてしまうなんてことも多いようです。


第二子で下に兄弟姉妹がいる中間子は、子供時代はなかなか日が当らない位置に。
それだからこそ親の注目を得るために問題行動おこしたりすることも。
成長するにしたがい親をあきらめ自立の道に行くのが早い傾向ありです。逞しくわが道を行く。


末っ子になると、親も対応が緩く甘くなってきます。
依存的になる場合もあれば、無駄な努力せず必要あれば援助を求めることができる
甘え上手な面があるのでは。


一人っ子は、深刻で厳しい(!)
きょうだい関係である対人関係の葛藤未経験のため依存的、自己中心的になる恐れもあるけれど、
一方では自立的で他者と一緒に生きていく努力をすることができる。


私のまわりでは、自立的で友好的な一人っ子が多いです。

以上はあくまでも傾向なので、「え?ちょっと違う」と言う人もいるでしょう。


我が家の長男は、小さいころから病弱で手がかかり、
いけないと思いつつ甘やかしてしまったように思います。

長男は、外で「え!弟いるの?絶対お姉ちゃんがいるでしょ。それか一人っ子!」と言われ、
次男は「お兄ちゃんがいるの?うそ!妹がいる感じ」と言われることが多い様子。
つまり甘ったれで甘え上手な長男と、しっかり者でやさしめの次男の兄弟。


そんな兄弟も22歳と17歳になってくると、様子が変化してきました。
ダメダメ兄ちゃんが、なぜかしっかり者に急変し、逞しいしっかり者かと思っていた弟が、停滞中。

子育ては、難しい。

言葉には出さぬが、ここにきて兄の急成長に脅威を感じ、自分に自信をなくしているように見える弟。


次男にも自信をもってもらいたい、と今になって夫婦であくせくしてしまう。
高校生の塾に夫婦で説明会に行ってしまった。

ゼミ形式の国語塾、
「なんて面白そうなんだろう、こんな塾に私も行きたかった!」とわくわくした私は、次男にこの塾をすすめる。
そっけないし、のらりくらりの次男の態度。
「ねぇやる気があるの?ないの?やったほうがいいよ」と責め寄る私。

その姿を見て、
「母さん、間違ってる。母さん自分のためにやってるでしょ!弟が自分でやろうと思わなければ意味がないよ。とくにその国語塾は。」(長男その塾体験済み)と長男。
「はぁ、そうだわ・・・たしかに。なんか焦ってる。自分の不安が強いことに気付いた。」と私。


長男がいないところで次男は言った。
「それにしてもさぁ、兄ちゃんのあの偉そうな上から目線の態度なんだよ。むかつく!なんで兄ちゃんに俺たち文句つけられなきゃなんないの?!」と次男。
「ほんと、だよねー。兄ちゃん偉そうだよね。まったくだ。」と私。(内心笑っている)


とんがってる兄弟に対して、母親としてはなんとも迫力がなくて情けない限りです。


「兄弟仲良くしなさい」なんて野暮なことだけは言いたくない。
とんがっていようが(今はむしろとんがっていたほうが)相手に関心を向けているのは悪くない。
今は、弟のほうが兄を意識して自分の価値を不安にしているところがあるなと感じています。
少し前は逆だったのに。


「きょうだい仲良くしなさい」と親に言われなくても勝手に仲良く波長が合う関係もあれば、
きょうだいは他人のはじまりともいいます。

べつに仲良しじゃなくていいのです。
対人関係におけるもっとも熾烈な葛藤があるきょうだいも、個人を鍛えてくれるのですから。


親であれば子供たちに平等に接するべきという願いをもってしまいます。
でも、それを期待し望み続けると現実的に満たされることが少ないと感じます。

そういう現実を知りつつも、
親子、きょうだい、夫婦は人として対等に生きたい、感じていたいと強く思うのです。


親としては、子供が自分の課題に取り組む援助をするけれど、
親が叱って子供に取り組ませたり、代わりにやってしまっては対等な関係にはなれないですね。

なかなか難しいですが、あきらめずにコツコツですね。
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by exkokoro | 2011-01-26 00:00 | 育児・教育 | Comments(0)

負の遺産を断ち切る


タイトル:負の遺産を断ち切る
担当:舞原 惠美
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あなたは、人間関係がひどく苦手に感じられることがありますか。

例えば、
・本当の自分を知られたら嫌われるのではないかと心配して、正直な気持ちを表現できない。
・よく言い争いになる。
・誰かと親しくなると、その人から傷つけられたり関係を切られたりするのではないかと不安になる
・人との関係では、たいてい悪い結末を予想してしまう。
・人の期待どおりにできないと罪悪感を感じる。
・人によくしようと思っているのに、いつも裏目に出て悪い結果になってしまう。
・恋愛はいつも同じようなパターンでダメになってしまう。
・人が自分の要求をのまないと不当だと感じる。
・人から要求されると腹が立つ。

もし、思い当たることがあれば、家族、特に親との関係を見直してみることは、問題解決の糸口となる可能性が大いにあります。
「なんでいつもこうなっちゃうの」という結果を引き寄せてしまう自分のココロのクセが見つかるかもしれません。


例をひとつご紹介したいと思います。

私の友人Mさんは、清楚な感じの美人で、男性からのお誘いも多く常に付き合っている人がいるのですが、39歳の現在まだ結婚していません。ご本人は結婚したいと思っているのですが。

「若い頃から、一人の人と長く続かないの。うまくいってても、自分のほうから別れを持ち出してしまう。飽きたとか、そういうんじゃなくて…。
今から思うと、なぜか、きっと相手にふられるような気がして、その前に自分からふらなくっちゃ、みたいな強迫観念があったように思う」とは、Mさんの談。

彼女の父親は毎晩かなりの量のアルコールを飲み、気分屋でその時によってころころと言うことが変わります。自分の機嫌次第で優しくなったり怖くなったり。殴られるのも珍しくはありませんでした。子供の頃は、いつ父親が怒りを爆発させるのかとびくびくしていたと言います。母親も恐れをなして彼女を守ってはくれませんでした。

感情が不安定な親に振り回されて育ったので、その反動で自分が周りをコントロールしていないと不安でたまらないのです。そうすることで子供のときの体験を繰り返すのを避けられると、無意識のうちに信じているのです。

「人はあてにできない」という考えが心の奥底に巣食ってしまった為に、付き合っている相手を信じられず、どうなるか分からない恋のプロセスの不安に耐えられなくて自分から別れを切り出してしまうのでした。


彼女のようなパターンばかりでなく、

完璧主義で、高い目標を達成しないと認めない親
子供との境界線を引けない過干渉な親
自分の無力感をごまかす為に、何でも子供のせいにする親
体罰、または言葉の暴力で傷つける親
性的な行為を強要する親


この世に完全な人間が存在しないように、完全な親というものも存在しません。
どんな親でも欠点はあり、ときにはひどいことをしてしまうこともあるでしょう。

親といえども、自分の事でいろいろやらなければならない事があるのが普通だし、それで精一杯なときもあります。基本的に信頼関係が築けていれば、たまに「ああ、やっちゃった!」と思うようなことがあっても子供は大丈夫なものです。

けれども恐ろしいのは、親自身が気づかず、または正当化しながらこのようなパターンを「続けて」いくことです。そして、子供がまたそれを、現れ方は違っても(暴力は振るわないが、いじわるをしたり、不機嫌になることで攻撃する等)繰り返していってしまうということなのです。

親も、またその親からこの負の遺産を引き継いできました。どこかで断ち切らなければ、連鎖はどこまでも続いてしまいます。子供の苦しみという毒を撒き散らしながら。

「いやだいやだ、と思いながら、気がつくと親とそっくりのことをしていた!」
「支配的な親のようにはならないと誓ってきたが、反動で、適切なしつけもできなくなっていた」

このようなことに思い当たる節があれば、ちょっと立ち止まって考えてみませんか。

子供との関係がうまくいかないときというのは、子供たちが「今までのやり方を見直すときだよ」と教えてくれているのです。そして、恋愛や仕事上の人間関係でも、親子の間で形成されたココロのクセが反映されていることが多いのです。

まず、その連鎖の存在に気づき、簡単ではないけれど、自分の考え方や行動パターンを変えることに取り組んでみるのはどうですか?

これにはやってみるだけの価値があります。だって、これから生まれ来る子孫たち全てを救い、「自分の人生を楽しむ」と言う素晴らしい遺産を残すことになるのですから!
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by exkokoro | 2010-12-22 11:18 | 育児・教育 | Comments(0)

子どもへのまなざし


タイトル:子どもへのまなざし
担当:瀬尾 真一郎
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私には子どもが2人います。

10歳の娘と5歳の息子です。

私にとっても嫁さんにとってもかわいい大切な子ども達です。

親であれば誰でも自分の子どもが良い子であってほしいと願っていると思います。

私もそう願っています。

では、いい子とはどういう子どもでしょう。

ふつうに考えれば、親のいう事をよく聞き、面倒のかからない子どもを想像しますよね。

けれども私は、その年齢に相応した子どもらしさを持っている子どものほうがいい子だと思うんです。

例えば赤ちゃんがおむつを替えて欲しかったり
お腹はいっぱいだけども不安を感じたときに
すぐに泣いてお母さんを呼びつけて、親にたくさん
手をかけさせる赤ちゃんは、泣かない赤ちゃんより
順調に育っているのではないでしょうか。

そしてこのような赤ちゃんは生きるための知恵が付くのも早いです。

反対に成長するにつれ、親や周りの気持ちを先に読み取って周囲や親の喜びそうなことをするのに心を奪われすぎて親に手を焼かせないような子どもは、精神状態は決して良いとは言えないでしょう。

人の指図は守るけれど、自分で考えて行動する力が身に付かないのです。

子どもに接する時に、大切だと思うことを考えてみると、

ひとつは、待つという気持ちでいることだと思います。

「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくていいよ」
というメッセージが子どもに伝われば、必ず子どもは良い方向に育ちます。
だから必要な事をして、不必要な事をしなければ、みんないい子になって、個人差はあるけれど、その子なりの個性と能力を発揮していくんだと思います。

もうひとつは、子どものありのままを受け入れるということ。

人間というのは、どこかで全面的に受容される時期があればあるほど、安心して自立していけます

子どもが失敗して、しょげて帰ってきたときも、
「そうか、そうか」
と言って親の元で充電させてあげればよいのだと思います。
勉強が出来なければダメとか。
負けてはダメとか。
男の子だから、女の子だから
ということではなく
出来るだけ、条件の無い状態で、ありのままを見つめてあげる。

そうすれば、子ども安心してまた、外の世界に出て行けます。

「ゆっくりでいいよ」
「おまえを信頼しているからね」
という気持ちが子どもを育て、親自身も成長できるのだと思います。

そして子どもが失敗した時こそ親の出番なのではないでしょうか。
そのためにも、子どもには失敗するチャンスを与える事が大切なんです。

「親」という字のとおり、高い「木」の上に「立」って「見」続けていることが
親ということなのかもしれませんね。
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by exkokoro | 2010-12-01 10:49 | 育児・教育 | Comments(0)

▲家族△ 【子どもに育てられたこと】


タイトル:子どもに育てられたこと
担当:舞原 惠美
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3年前の、ある冬の夕方のことです。
離れて暮らしている息子から電話がありました。
「明日、時間とれへんか。話したいことがあんねん。」

次の日、その頃私がやっていた英語塾の教室に来た息子は、生徒用の椅子に座ると、まっすぐに私の目に視線を固定しました。
それは私の心を射抜くような鋭い視線で、思わず身がすくんでドキッとしたのを覚えています。
緊張感の漂う、しかしゆっくりとした口調で息子は話し始めました。

「今から言うことは恨み言や。言うてもしゃあないのは分かってる。
今更どうしようもないねん。けど、言わずにはおられへんし、言わなあかんと思ってるねん。」

「これを言うのは、別におかんにけんか売ってるわけやないからね。
って言うか、関係をよくしようと思って言うねん。」

長い前置きに、なにやら深刻な話になりそうな雰囲気を感じた私は、ちょっとドキドキしながら、
「分かった。心の準備はできたから、はよ言うて。」

「うん。
あのさぁ。おかん、俺のこと、おとんの代わりみたいに思ってない?
俺な、しんどいねん。いろいろ頼られるの。ずーっとしんどかってん。」

「は?」

「は、やないわ。気ぃついてへんの?何でも俺に相談するのはもうやめてくれ。」

本当に驚きました。
私は息子とコミュニケーションを図ろうと、いろいろと自分や彼のことを分かち合ってきたつもりでした。
それが、彼にとってそんな負担になっていたとは夢にも思わなかったのです。

彼が3歳のときに離婚、それから20年間、ずっと二人で暮らしてきました。
もちろん、実家の両親や友達の支えがなければここまでくることはできなかったのですが、二人で一緒に頑張ってきたつもりでした。


それから息子は、あの時はああだった、この時はこうだった、と今までに辛かったことを話し始めました。

彼の話を聴いている途中、話をさえぎって「だって、それは・・・・・!」と、自分の言い分を言いたくなる衝動に何度もかられました。カウンセリングを学ぶ前の私なら、きっと即座にそうしていたでしょう。
私への怒りや不満、果ては蔑みの言葉を聞くのは胸がえぐられるようでした。
泣くまいと思っても、涙が湧き上がってきて止まりませんでした。
彼の話を受け止めようと聴いていても、そこから逃げ出したい思いで頭がいっぱいになり、話を聴けなくなるときもありました。

二番目に辛かった話は、彼が高校生の時の話です。(一番目はまたの機会に・・・)
その頃息子は朝、登校する時間になってもなかなか起きず、毎朝言い争いから始まりました。
「学校行くのはあたりまえやろ!自分の為やねんで! 勉強したくてもできない人もいるんやで!授業料も払てるねんで!はよ起きや!!」
「学校行かんで損するのは俺やねんから、ほっとけや!起きられへんもんは起きられへんのや。ギャーギャー言うな!」

そんな怒鳴りあいから始まり、私は捨て台詞を残して仕事に出かけます。
「もう、知らん。勝手にし!どうなっても知らんよ!」

彼はたいてい午後から登校していて、私はもちろん学校に保護者として呼び出されました。「子供をきちんと学校へ行かせられない母親」として、ただただ頭を下げ、謝るばかりでした。父親がいないからだと心理テストを受けさせられたり、カウンセリングを勧められたりしましたが、私は仕事で手一杯だと思っていて、時間を作ることをしませんでした。父親がいなくったって、私はちゃんとやっているというプライドもありましたが、同時にやっぱりダメなのか、という大きい不安に襲われました。


「昼からでも学校行ったんはおかんのためや。けど、ごっつ、しんどかってん。」
「あの時、なんで俺が学校へ行きたくないか、分かろうとさえしてくれてたら、俺は救われてたんや。」

その一言が胸に突き刺さり、心臓が破裂して壊れていくようでした。
息子は自分の精一杯を頑張っていたのに、私は本当には分かろうとしなかった。
「なんで行きたくないのか、言うてみ」と分かろうとするフリをしていただけでした。
こんな聞き方をされれば、責められているようで言いたくなくなるのは当たり前なのでした。

あの頃「学校は行くのが普通。当然のこと。行かないなんて怠けているだけ。」と考え、しかもそれが正しいと思い込んでいたのです。子どもをちゃんと学校に行かせるのが、いい母親だと思っていたのでした。それはしんどかったけれど自分のエゴを見なくていい、都合のいい言い訳でした。

今だからわかること、それは、
「息子が学校へ行きたくない気持ちをわかってしまったら、
→彼は学校へ行かなくなるだろう。→落伍者になってしまう。
→将来がダメになる。→そんな子どもを持つのはしんどい。
→学校へ行かないことを認めるわけにはいかない。

というエゴイスティックで偏狭な思い込みによる怖れと不安から、息子と向き合うことを無意識に避けていたのだと思います。

息子からの心の叫びをぶつけられ、恥ずかしくて、きつくて、いたたまれなかった。けれど、そのあと、きちんと思いを伝えてくれた息子への感謝の気持ちが湧いてきました。と同時にそれを受け止めることができるようになった自分を褒めてやりたい気持ちにもなりました。


過去の事実を変えることはできないけれど、それから何を学び、これからにどう生かすかは自分で決めることができます。それによって、過去の出来事の意味を変えることは可能なのです。

息子が本心で向かってきてくれたのは、私が聴く耳を持つようになったと感じてくれたからでした。
自分が変われば人も変わる可能性が大きくなり、関係性を変えることもできます。

今はお互いに分かろうとして聴き、本音が言え、不当だと思う要求にはイヤと言っても罪悪感を感じない、そんな自由で風通しのいい関係を築けつつあると感じています。とても楽になりました。
それはとりもなおさず、「完璧ではないけれど、間違いも犯すけれど、人にちゃんと向かい合っている自分」を信じられるようになったからこそだと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
この話が、少しでも子育てに悩む方々の役に立てれば、幸いです。
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by exkokoro | 2010-10-27 16:32 | 育児・教育 | Comments(0)

▲家族△ 【子育ては自分育て】


タイトル:子育ては自分育て
担当:長谷川 さとみ
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皆さん、こんにちは。
今回のコラムは「家族」をテーマに書いていきたいと思います。
第一弾は、子どもとの関わりについて体験したこと、
またそれが自分にとってどんな意味があるのか。
今まで同様、私の率直な気持ちを表現したいと思っています。


私には、二人の娘がいます。
年は二つしか違いませんが、性格はほぼ正反対です。

・長女は明るく活発、自由で大らかです。
赤ちゃんのときから誰にでもニコニコ笑顔を向けていました。
そのため、誰からも可愛がられ学校では先生からも気に入られたり
クラスでもにぎやかな中心にいるような子です。
周りと競い合い努力して得ることも自然と学んだように感じます。
親を困らせるようなことはあまりなく、育ち方もいわゆる標準で
中学生まではこれと言った反抗期もなく、育てやすい子どもでした。


・二女は大人しく恥ずかしがり屋、やさしくて真面目です。
小さいときは天真爛漫といった感じでしたが
大人しく内向的なので、あまり気にとめてもらえないこともあったと思います。
学校でも人と競い合うことは苦手で、努力がすぐには実らず
自信を持てないようでした。
自己表現をしないので、我が子の気持ちを理解できぬまま親も大いに悩んだのです。


ざっくり言うとこんな感じで、私は親として長年にわたり
「長女は分かりやすく、二女は難しい」
こんな風に感じていたように思います。
ですが、最近は子どもたちも成長し思春期に入った頃から
それぞれの個性、持ち味が表面化してきたことで
私の見方が変わってきました。

・長女は自由で大らかであるため、時に自由奔放、マイペース。
他人には気を遣うが、家族には甘えてやりたい放題が目につくようになってきた。
遅ればせの反抗期がやってきて戸惑うばかりの私はイライラ。
けれど上昇志向や自立心はあるようで、
私自身が葛藤している真っ最中です。

・二女はまだ、本音とたてまえの区別がないので不器用であるが
粘り強いことでゆっくりでも結果がついてきている。
真面目であることが信頼に繋がっているが
自分に厳しくなるためなかなか自分を認められない。
けれど、自分よりも弱い立場のものに対するやさしさがにじみ出ている。


私は親でありながら、自分にとって都合の良いことはマル
でも都合の悪いことはバツ、と
自分が基準で我が子の評価をしていたのかもしれません。
なんて情けない母親なんだろう…
「はぁー…」自ら自分をダメだしするとかなりしんどくて
前に進めなくなります…

ですが今の私は、心理学やカウンセリングを学んだことによって
このまま立ち止まるのか、進んでいくのかを選択するのは自分
であると分かったので、進むことを選びました。
自分の至らなさをバネにしてジャンプすると決めたのです。
【過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えていける】
のです。

そして、子どもたちの内面をじっくりと意識しながら
見つめることが出来るようになってきたからこそ、
今までとは違った角度から我が子を客観的に捉え
今まで見てこなかった部分を認めることができるように努力しているのです。
が、これまたしんどいのです…


<反抗期の娘に対して>
「分かっているよ」「信じているよ」との
気持ちを持って接していながらも、自立しようとする娘の姿に対し
自分から離れてしまうのではないか…
親の知らないところへ行ってしまうのではないか…
自分の手をもぎ取られるような恐怖感、喪失感、悲しみ、怒りに襲われ
胸をかきむしられる様な苦しさを覚えました。
夫の仏前にしゃがみこんで、「しんどいよ…」と泣きじゃくりました。

ひとしきり泣いた後わかったのです、子どもは自分の体の一部だと。
そして学んだことを思い出し、まずは親の気持ちの部分をストレートに伝えました。

「心配やねん」「大事に思ってるよ」「安心したいねん」

子どもにとっては初めて私の気持ちを聞いて『おかんの気持ち』
に触れたのではないかと思います。

すぐに何かが変わるわけではないけれど
反抗期は人の成長にとって大事なことだから、
親は覚悟と度胸をもって構える必要があるのだと解りました。


<自分の殻に閉じこもってしまう娘に対して>
なかなか意思表示してくれず「思ってることを言わないなんて卑怯だ!」
と追い詰めてしまったこともありました。
「我が子の気持ちがわからない」という焦りや、脱力感、寂しさ、そして怒り。
やっぱりこんな感覚にさいなまれ、辛くて仕方がなかったのです。

ここでも勇気を出して学習したことを実践してみました。
好きで殻に閉じこもっているわけではないはず、
貝のように口を開かない娘をじっと待ちました。

「こんな風に思ってんの?」「それともこんな感じ?」
「ひょっとしてこんな風に考えてんのかな?」などなど、

いくつか確かめるように問いかけていくと、少しずつですが
その中から選んでぽつぽつとしゃべり出しました。


「どうやって言えばいいか分からへん。」
「ふてくされた態度を取ってしまう。」
そんな自分が嫌だと泣きながら教えてくれました。

「教えてくれてありがとう。」「それでいいよ、大丈夫。」
「解ってあげなくてごめんな。」
娘の気持ちが解ったことで安心感を持てた私、親から受容されたことで
娘も少しは安心して自己表現することを体験出来たのではないかなと感じています。

簡単な事ではないからこそ、ゆっくり、じっくりその子のペースに合わせて
子が成長するから親も成長できるのだと実感しています。


ある日突然、夫を失ったとき
「自分一人でこの子たちを育てるなんて無理」だから自分も死んでしまいたい
と思ってしまった出来そこないの母親です。
でも、生きていてよかった。全てはこの子たちのおかげです。
私のために子はいる。私の成長を子は見ている。
だから諦めるわけにはいかないのです。


まだまだ思春期の子育て奮闘中の私ですが、
子は体の一部だから我が子を大事にすることは
つまり、自分自身をも大事にできることなのですね。
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by exkokoro | 2010-10-13 15:14 | 育児・教育 | Comments(0)

◆人間味◇ 私をカウンセリングに導いた出会い


タイトル:私をカウンセリングに導いた出会い【子育ての季節にほしかった出会い】
担当:川村 美恵
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こんにちは、川村です。

若いころの私にとってカウンセリングはとっても敷居が高いものでした。

まず、カウンセラーさんを知らない。

どんなことをするのかもわからない。

興味はあったけれど、実際に受けようと思ったことはなかったのでした。

ところが、初めての子供を産み、育てた時にいままで経験したことのない状況においこまれたのです。

一日中、会話のできない赤ちゃんと一緒に過ごすなんてこれまでの人生で経験したことのないことです。

泣いている赤ちゃんを抱っこしたり、おむつを替えたり、ミルクを飲ませたり。

首のすわらない赤ちゃんは壊れ物のようで、そうっと扱わないといまにも壊れそうで、
なにをしても泣きやまない時もあります。

もちろん、かわいいのです。

すやすやと寝ている顔は天使のようです。

しかしながら2、3時間おきに泣かれたりする日々は本当につらいものでした。

夫に言っても「赤ちゃんなんだから仕方ないだろ」という言葉が返ってくるだけ。

お母さんなんだから赤ちゃんが可愛いのは当たり前、面倒をみるのは当たり前という常識が私と夫に見事に刷り込まれていました。

その頃はまだウィンドウズが発売される前でインターネットのない時代。
情報というものは本やテレビ、身の回りの人から入ってくるものだけ。

あの時、誰かが私の話を真剣に聞いてくれたら・・
カウンセリングを知った今なら、そう思います。

今思えば、もっとも私が相談相手を必要としていたのは子供が2、3歳の頃、一番自己主張の激しいときでした。

大人げないとは思いますが、本気で子供に対して怒りを感じ、思わず手をあげたこともあります。

そして、その時の後悔がいまでも私の心の中に残っているのです。

その後悔が子供への気兼ねの原因にもなっていると思うのです。

いろいろな育児に関する本も読み、勉強もしました。

しかしながら、頭ではわかっていても自分の感情というものはなかなかいうことを聞いてくれません。

その感情の整理の手助けをしてもらえばよかった・・
いま、そう思います。

私が実際にカウンセリングを受けるのはずっとあとになるのですが、
あの時、カウンセリングと出会っていたら、またちょっと違っていたのかもしれない
と思うことがあります。

もし、今独りで悩んでいるのでしたらぜひ電話相談にいらしてください。
貴方は独りではないのです。
今、悩んでいることがきっと貴方にとって必要なことだったと思える日がやってきます。
貴方が幸せになる可能性を一緒に探っていきましょう。

川村美恵
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by exkokoro | 2010-07-07 12:55 | 育児・教育 | Comments(0)

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